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六代目山口組の彼岸墓参に密着! 警戒区域内で2カ所同時に…

(C)週刊実話Web

快晴に恵まれた9月23日、秋分の日にもかかわらず夏日となり、神戸市内の墓地を訪れた六代目山口組・篠原重則幹部と組員は、汗を流しながら墓参の準備を行っていた。

山口春吉初代と実子の登二代目が眠る墓所と、二代目時代の大幹部が眠る墓所に花を供えるなどする中、秋良東力若頭補佐が組員と共に到着。同所は特定抗争指定の警戒区域に当たるため、地元の兵庫県警からも計6人の捜査員が警戒のため姿を見せた。

秋良若頭補佐と篠原幹部は、それぞれ手を合わせて祈り、墓参は午前9時半までに終了した。

一方、竹中正久四代目が眠る姫路市内の墓地には、二代目竹中組を率いる安東美樹若頭補佐と、加藤徹次幹部(六代目豪友会会長=高知)が墓参。菱の代紋が入った紋付羽織袴に身を包んだ竹中四代目の遺影が置かれ、ひと際、目を引く黄色い蘭を基調とした花束が供えられた。

到着した安東若頭補佐は、加藤幹部と墓所を眺めながら言葉を交わしたのち、ゆっくりとした足取りで墓前に進み、腰を落とした。10秒間、静かに目を閉じる姿からは、先代の冥福を祈るだけでなく、山口組の分裂終結への決意が感じられた。

先代への墓参の場が誓いを立てる場

「昭和60年1月、竹中四代目が一和会系ヒットマンの凶弾に倒れたことで、山一抗争は激化の一途をたどった。その抗争で一矢を報い、長期服役を経験した安東若頭補佐にとっては、今回の分裂劇に対しても並々ならぬ思いがあるはずや。先代への墓参の場が、誓いを立てる場でもあったんとちゃうか」(地元記者)

今回の分裂抗争では、竹中組傘下組織の元組員らがヒットマンとなり、射殺や銃撃事件を引き起こしている。山一抗争における安東若頭補佐の〝活躍〟を追ったのか定かではないが、六代目山口組が一丸となり、終結に向かっているのは間違いないといえそうだ。

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