前田日明「1年半、UWFとしてやってきたことがなんであるか確かめに来ました」~一度は使ってみたい“プロレスの言霊”
今もなおカリスマ的人気を誇る前田日明。現役時代にはファイトぶりはもちろんのこと、強固な信念から発せられる数々の言葉においても、多くのファンの心を鷲づかみにしてきた。今回取り上げるのは新日復帰時のあの言葉だ。
前田日明が「UWF軍」として新日本プロレスに参戦していた当時、実況の古舘伊知郎が「黒髪のロベスピエール」と連呼するのを、意味も分からず聞いていた人も多いのではないか。
正式な名前はマクシミリアン・フランソワ・マリー・イジドール・ド・ロベスピエール。フランス革命における代表的な革命家の1人であるが、世界史の授業でようやく名前が教科書に出てくるくらいだから、少年ファンなどは「何が何やら」となっても仕方のないところだ。
「ロープに飛ばない」「場外乱闘をしない」「打撃から入って関節技で極める」というUWF流のファイトスタイルが、従来のプロレスと比べて革命的だということで古舘はロベスピエールと形容したわけである。それもあってか前田は、時代の改革者として熱狂的な支持を集めることになり、現役引退から20年以上がすぎた今もなお、「前田信者」と呼ばれるファンを中心に高い人気を誇っている。
前田日明は、理想を追求するより現実を重視
では、前田は本当にプロレス界の革命家だったのか。1985年12月、業務提携の名目で新日マットに復帰した前田は、「1年半、UWFとしてやってきたことが何であるか確かめに来ました」とリング上であいさつしている。
これまでにやってきたスタイルが新日や観客に受け入れられるのかどうかを試しにきたという言葉自体は、極めて常識的なものであり、ここに「体制をぶっ壊す」「プロレスを変革する」というような過激な意図は感じられない。
そもそもUWFスタイルからして、そのすべてを前田が発想したものではない。遅れて加わった佐山聡が新日退団後に試行錯誤していた新たな格闘術と、UWFの主流を占めたカール・ゴッチ門下生たちによるゴッチ流プロレス、この2つが融合したものがUWFスタイルの原点で、前田にしてみれば意識してこれを採用したというよりも、自然の流れということであろう。
新日からUWFへ移籍したのも何か理想を追い求めて独立したわけではなく、実際は実母がケガで入院してまとまった費用が必要だったときに新間寿から声をかけられ、移籍金目当てのことだったと、のちに前田自身が語っている。
そのUWFの旗揚げ前にはWWFのリングに上がり、WWFインターナショナルヘビー級王座を獲得(藤波辰爾がMSGで獲得したのとは別物の新設タイトル。フィニッシュはコブラツイスト)。ベルトには大きくUWFの文字が刻まれていたことからも、新間の仕込みであったことに疑いはなく、前田は新間の描くストーリーにそのまま乗っかってUWFに参加したわけである。
師匠アントニオ猪木のように夢を追いかけるよりも、現実主義の色が濃いのが前田の特徴だ。
第1次UWFで佐山と対立したのは、佐山が「格闘競技としての試合を月1回の開催」という意向を示したのに対して、前田が「選手やスタッフ、その家族の生活を考えればもっと試合を増やすべき」と引かなかったことが原因だった。
団体継続が困難となったときには、ジャイアント馬場が前田と髙田延彦だけを好待遇で獲得しようとしたものの、前田は「仲間全員でなければ受けられない」として新日との業務提携に舵を切った。
前田こそ生まれながらの革命家
また、団体の長となったプロレスラーの多くは、団体運営において多かれ少なかれ金銭トラブルを抱えるものだが、前田に限ってはそうした噂が聞かれず(第2次UWFの金銭問題は前田とは関係のないフロントによるもの)、引退後の’09年に民主党から参院選への出馬の要請があったときにも、当初は選挙活動費について、党が援助するといっていたものが覆されたことを主な理由として出馬辞退している。基本的には堅実かつ常識的なのだ。
ところが、試合においては特に相手を傷つけるような意図がなくとも、打撃の当たり具合や関節の極めの強さのせいで、対戦相手から「シュートを仕掛けているのではないか」と思われてしまう。
その思想信条が常識的なところから発したものであっても、これを曲げることなく徹底するから周囲との軋轢を生むことになる。
新日との提携時の試合を改めて見直してみても、UWF代表者決定戦での藤原喜明との首と脚の取り合いや、藤波とのダブルKOなど調和を意識した結果も多く、伝説のアンドレ・ザ・ジャイアント戦も最初に仕掛けたのはアンドレのほうである。また、新日離脱の原因となった長州への蹴撃は、あくまでも事故的なものだった。
本人としては特別な意識のないままに自然と革命が起こってしまったわけで、ということは、既存の革命家をも上回る「生まれながらの革命家」というのが前田の実像だったのかもしれない。
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