社会

北朝鮮に国産アヘン蔓延…深刻化する薬物中毒の「因果応報」

画像:Goran Djukanovic / shutterstock

かつて北朝鮮は外貨を稼ぐため、国家機関の主導で覚醒剤やアヘンなどを製造し、海外に密輸出していた。

その後、国境を接する中国当局や各国政府が取り締まりを強化したことで、薬物の密輸出は徐々に行き詰まり、下火になっていった。

しかし、薬物の「在庫」に加え、機械や原材料が残されていたため、北朝鮮国内に薬物が横流しされるようになり、その結果、中毒者が急増。脱北者らは「国民の7割は薬物の経験者」「自分もやっていた」と口をそろえる。

「今日の一服はピンドゥ(覚醒剤)か、それともデンダ(ヘロイン)か」というのが、いまや住民のあいさつになっており、北朝鮮当局が自らまいた種が、深刻な薬物汚染という事態を招いたことになる。

こうした現実から、ついに金正恩総書記が解決に乗り出した。7月1日、最高人民会議常任委員会はトップの意向に沿って、従来の刑法に加えた特別法である「麻薬犯罪防止法」などを採択した。

これまでは大量の薬物所持に対してのみ、終身刑や死刑などの極刑が下されてきたが、今後は少量の所持に対しても、終身刑が適用されることになった。日本よりはるかに厳しい刑罰だ。

2014年に国連調査委員会が公表した「北朝鮮における人権に関する調査報告書」は、脱北者など約80人の証言を基に、人権侵害の状況や当局が絡んだ麻薬密売などの非合法活動について、約400ページにわたって詳述している。

この中で薬物については、《90年代に刑務所でアヘンが製造され、国家安全保衛部(現・国家保衛省=秘密警察)の工作員らが中国の商人に売って外貨を獲得していた。08年に武器売買や麻薬売買などの不法行為で得られた収入は、年間約5億ドル(約550億円)に上り、その利益は最高指導者の金正日総書記(当時)と一部エリート層の資金源になったとみられている》と報告されている。

薬物の製造と密売で外貨獲得を図り…

「07年度の警察白書によると、日本においても1997年から02年にかけて押収された覚醒剤のうち、総押収量の約4割は北朝鮮製が占めている。01年12月に奄美沖で沈没した北朝鮮工作船は、98年に高知県沖で起きた覚醒剤密輸事件に使われた船舶と一致しており、警察当局は『覚醒剤の密輸に北朝鮮当局の関与が認められる』と結論づけています」(薬物に詳しいライター)

ただし、北朝鮮から日本を目指した大量の覚醒剤密輸は、02年に鳥取県沖で起きた事件を最後に、ほぼ途絶えている。これは同年に『日朝平壌宣言』が発表されたことから、北朝鮮当局が政治的判断で、日本への大量密輸を断念したためと考えられている。

北朝鮮の麻薬ビジネスは、日本に対してだけではない。03年にはオーストラリアのシドニーで、北朝鮮の貨物船「ポンス号」の乗組員らが、1億5000万豪ドル(約107億円)相当のヘロインを密輸した疑いで逮捕された。

豪政府は、北朝鮮が世界で麻薬の密輸を行っていることへの警告として、06年に公海上でポンス号を撃沈している。

そもそも北朝鮮の麻薬ビジネスは、80年代末に金日成主席(正恩氏の祖父)の指示で、アヘンなど麻薬の原料となるケシの栽培を国家事業として奨励したことからスタートしている。

食糧難が深刻化する中、薬物の製造と密売で外貨獲得を図り、国難を乗り切ろうとしたのだが、焼け石に水。90年代後半には餓死者が約300万人を超えた。

「金正日総書記(正恩氏の父)も92年、麻薬の生産を〝白キキョウ事業〟と名付けて奨励しています。当時、北朝鮮の権力機関は、麻薬の密輸だけで年間1億ドル(約97億5600万円)もの収入を得ていたとみられます」(北朝鮮ウオッチャー)

厳罰のリスクを承知で…

そんな正日氏の時代の09年には、北朝鮮史上最大の麻薬スキャンダルが発覚している。

外貨稼ぎを担当する朝鮮人民軍直属の『錦繍合作貿易総会社』の代表が、朝鮮人民軍保衛司令部に逮捕され、「麻薬を仕込んだ特殊タバコを密かに製造し、軍の将官や党の幹部数十人に献上した」と自白したのだ。

「また、定期的に巨額の賄賂、つまり『忠誠資金』を貢いでいたことも自供しました。しかし、彼の逮捕により軍のクーデターが起きることを恐れた上層部は、事件を個人の不正蓄財にとどめ、正日氏に虚偽の報告をしたとされます」(同)

では、息子の正恩氏が権力を継いで間もなく10年、北朝鮮内の薬物事情はどうなっているのか。16年に脱北者として韓国に亡命した太永浩元駐英公使(現・国会議員)によれば、国家が各地に建造した覚醒剤製造工場から資材が流出し、個人が非合法な商売として密造や密売をしているという。

「最近は食い詰めた人々が、手早く大金を稼げる薬物に、厳罰のリスクを承知で手を染めるようになっています。また、劣悪な医療環境のため、慢性病や強い痛みに苦しめられている人にとっては、闇市場で粗悪な医療用アヘンを買う以外に手はありません。こうしたやむにやまれぬ事情も、薬物が蔓延する原因になっています」(同)

経済制裁、コロナ禍、自然災害の三重苦で、史上最悪レベルで経済難が深刻化している中、党のエリートや主婦、若年層までが薬物に救いを求めているのなら、北朝鮮の未来は際限なく暗いものになるだろう。

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