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山口組分裂「激動の2192日」――“誤算”が生んだ抗争分岐点!

(C)週刊実話Web 

8月27日で山口組の分裂は丸6年を迎えた。その間、離脱した直系組長らによって発足された神戸山口組(井上邦雄組長)からは、複数の犠牲者が出ており、抗争は熾烈を極めた。

直近では、8月5日に神戸側・山健組の與則和若頭が兵庫県神戸市の自宅付近で銃撃され、再び緊張が高まっていた。それも、抗争事件は御法度とされる東京オリンピックの開催期間中に発生。警察当局は狙われた対象が與若頭であったこともあり、敵対する六代目山口組(司忍組長)にも疑いの目を向けているという。

「與若頭は一昨年の4月にも、三代目弘道会(竹内照明会長=愛知)傘下の野内組系組員に刺されて重傷を負っとるからな。今回は拳銃が使われた事件で、ケガを負い車でその場を離れた與若頭をヒットマンはスクーターで追い回しとるし、殺意があった可能性も否定できんのや」(地元記者)

兵庫県警は発生当日に、殺人未遂事件として80名態勢の捜査本部を設置。この姿勢からも、山口組の分裂抗争に関わる事件とみていることがうかがえた。

「今回の事件では、まだヒットマンが出頭しとらん(本誌締め切り8月23日時点)。けど、東京五輪のときに音が鳴ったから、兵庫県警も威信を懸けて捜査に臨むいうことやろな。ヒットマンは『茶色いダウンジャケット』を着とったのが目撃されとって、県警も防犯カメラ映像を洗って追跡しとるんやないか」(同)

與若頭は昨年7月に五代目山健組(中田浩司組長=兵庫神戸)が神戸山口組を脱退した際、神戸側に残留した。六代目山口組の犯行とみる組織関係者らからは、神戸側へのさらなる〝威嚇〟が目的だったとの声も上がったのだ。

「六代目山口組は、五代目山健組には『手を出すな』と通達しとる一方で、神戸側への攻撃の手は緩めんかった。5月には藤原健治舎弟頭補佐の自宅に六代目系組員が撃ち込む事件があって、その後に藤原舎弟頭補佐は引退しとる。せやから今回、與若頭が狙われたんも、神戸側の山健組内で動揺を誘うためやったんかと思うた」(関西の組織関係者)

期せずして、事件の前後には山健組からの直参脱退の噂が広まっていた。

神戸山口組直参でもある山健組副組長の野崎秀夫・四代目伊藤会会長と、若頭補佐の島田潔希・二代目兼昭会会長に関してで、野崎会長は青森県、島田会長は秋田県に本拠を構える。

“分裂戦”の流れを決定付けたもの

「山健組の東北勢が急にガタつき始めて、独立組織になるのを望んだんかとも思うたが、同時に六代目側への移籍も囁かれたんや」(同)

噂が飛び交う中、他県に本拠を置く弘道会関係者が東北地方に入っていたことが確認され、その後、移籍は現実のものとなった。8月21日、両会長の〝移籍報告書〟が提出されたというのである。

「野崎会長と伊藤会直参2名、島田会長と兼昭会直参4名の計8名の名前が記されたもので、移籍先には弘道会の野内正博若頭が率いる野内組の名前があったで。それに関連して、どうも伊藤会と兼昭会が一本化されて、新たに『兼勝会』を名乗るようやな。トップは島田会長で、野崎会長は伊藤会の跡目を若頭に譲り、兼勝会では最高顧問に就くみたいやで。與若頭への銃撃事件と直接的な関係はないと思うが、警察は六代目山口組の動向にも目を光らせとるはずや」(同)

與若頭を襲った人物の正体、動機の解明には、兵庫県警による捜査の進展が待たれるが、弘道会からは分裂抗争で複数のヒットマンが出ているのは事実だ。

分裂当初、神戸山口組は他団体との〝外交〟や六代目山口組からの組員引き抜きを活発に行い、六代目側への〝威嚇行為〟も展開した。その最中、平成28年5月に当時、弘道会の三代目髙山組傘下に所属した山本英之元組員が、神戸山口組傘下だった池田組(池田孝志組長=岡山)の若頭を射殺。直系組織の最高幹部が命を落としたため、神戸側による報復は必然と思われたが、沈黙を貫いたのだ。

「神戸側の組員引き抜きなどは、中核組織の四代目山健組(当時)が主体となっており、そこが攻撃される可能性は予想していたはずだ。池田組若頭のガードが手薄だった点からも、当人らは池田組に矛先が向くとは思っていなかったのではないか。また、報復攻撃を行わなかった点も戦線に影響したとみている」(業界ジャーナリスト)

神戸側のこの〝誤算〟は、その後の分裂戦において、流れを決定付けるきっかけになったといえた。

池田組若頭の射殺事件から1カ月半後には、山健組系元組幹部が十代目稲葉地一家傘下の片倉竜理組員らによって射殺され、六代目側による〝追撃〟が起きたが、それでも神戸側は守りの姿勢を続けた。

「神戸山口組の直系組長たちは、六代目山口組体制のあり方を問うために離脱したのであって、武力で対峙するつもりはなかったのだろう。ただ、それにも限界があったと思われる」(同)

高かった“武力行使”の代償

一昨年8月、與若頭刺傷事件の報復とみられる弘道会系組員への銃撃事件が発生。五代目山健組トップの中田組長が、実行犯として逮捕された。同10月には、稲葉地一家の丸山俊夫幹部が山健組系組員2名を射殺。今度は弘道会による報復が起きたのだ。

さらに、六代目側の別の直系組織からもヒットマンが出ており、髙山清司若頭の出所後となる一昨年11月、二代目竹中組(安東美樹組長=兵庫姫路)の朝比奈久徳元組員が、神戸山口組の古川恵一幹部を自動小銃で射殺したのだった。

相次ぐ武力行使によって、六代目山口組内では志気の高まりを感じさせたが、その反面、少なからず〝誤算〟も生じていたという。

「山健組系組員射殺で、兵庫県警は事件翌日に山健組本部だけでなく、総本部などにも暴対法に基づく使用制限の仮命令を発令した。かなり早い段階で県警が伝家の宝刀を抜いた格好で、両山口組にとっても予想外だったのではないか。特定抗争指定に関しても、名古屋市の弘道会本部などが使用禁止になった。武力行使の代償は高かったといえる」(山口組ウオッチャー)

先の與若頭銃撃事件では、組員5人以上の集結を禁止する警戒区域内である神戸市で起きており、ガードが手薄になることを見越し、特定抗争指定を逆手にとった犯行だった。

「今後、実行犯が出頭して抗争事件だと位置づけられた場合、警察の締め付けはさらに強まるだろう。全国各地で暴追センターによる拠点への使用制限が相次ぎ、事実上の撤退を余儀なくされるケースが増えている。六代目山口組にとっても、他人事ではなくなるかもしれない」(同)

一方、六代目側では地盤強化が進められており、6月に病死した川合康允顧問が率いた川合組の跡目を、8月上旬に弘道会直参でもある野内組の北村和博若頭が継承した。

「北村二代目は川合顧問と同じ岐阜県に本拠を置き、地元に強いこともあって名跡を絶やさんように引き継いだんやろな。弘道会の中で川合組の看板を背負い、新たな決意で分裂問題に臨むことになりそうや」(ベテラン記者)

山口組の分裂以後、射殺事件に限らず神戸山口組の再分裂、直系組長らの脱退によって戦局は変わり続けた。次なる〝分岐点〟は六代目側のさらなる武力行使か、それとも神戸側の起死回生の一撃なのか――。

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