社会

「菅首相では戦えない」…自民党で囁かれ始めた“五輪失敗”辞任シナリオ

(画像) file404 / shutterstoc

「大丈夫だ。安倍と甘利と俺でしっかり支えるから」

「それは大変心強いです。よろしくお願いします」

7月13日、菅義偉首相は官邸で麻生太郎副総理兼財務相と向き合っていた。麻生氏が、盟友である安倍晋三前首相、甘利明自民党税調会長の通称「3A」で菅政権を支えていく考えを伝えると、首相は頭を下げ、礼を述べた。

「首相は、まるで元気がなかったそうだ。目が泳いでいて声も小さく、よく聞こえなかったと聞いた」(麻生氏に近い自民党議員)

首相が消沈しているのは当然だ。会談前日、東京が四度目の緊急事態宣言に追い込まれ、東京五輪はほとんどの会場で無観客になることが決まったからだ。

頼みの綱のワクチン接種は、需給のミスマッチでペースダウンを余儀なくされ、東京の1日当たりの新規感染者数は、7月28日に初めて3000人を超えた。インド由来のデルタ株の感染拡大ペースがあまりに速く、抑えられないのだ。

7月4日投開票の東京都議選が不調に終わった打撃も大きく、内閣支持率は7月に入って一段と低迷。時事通信が9~12日に行った世論調査では、29.3%と初めて30%を切った。首相も「こんなに悪いのか!」と衝撃を受けたという。

二階俊博幹事長ら党執行部は「コロナで厳しい状況の中、首相はよくやっている」と平静を装う。党内でも首相交代を求める「菅おろし」の動きは表だって見られない。

だが、自民党のベテラン議員は「実際は『首相はもうもたない』『このままでは衆院選は戦えない』という声であふれている。コロナ感染のクラスターが発生するなどして、五輪が失敗に終われば、菅おろしが起きる」と断言する。

もともと、首相の自民党総裁の任期は9月末で、本来なら9月中の総裁選が予定されている。このため、現時点では衆院選後に先送りされる方向で検討が進む総裁選について、衆院解散・総選挙前の実施を求める動きが一気に顕在化するというのだ。

党内でジワリと広がる小池都知事待望論

いまは二階氏や安倍氏も首相を支える姿勢を変えていない。だが、衆院選を前に首相が窮地に陥れば「総裁選実施に舵を切らざるを得ない」(ベテラン議員)と、多くの議員が考えているのは間違いない。

そこで白羽の矢が立つのは誰か。自民党内で待望論がジワリと広がるのは、先の都議選で菅首相とは逆に、自身が率いる地域政党『都民ファーストの会』を善戦に導いた小池百合子都知事だ。二階氏とのパイプが太く、都議会では敵対していた自民党を「知事与党に寝返り」(都議会関係者)させている。

都議選直後、小池氏は二階氏、公明党の山口那津男代表と相次いで会談。首相が会うよりも先に与党の最高幹部2人と顔を合わせたことは、永田町に波紋を広げた。二階氏が8日にTBSのCS放送番組で「小池氏が国会に戻ってくるなら、大いに歓迎する」と述べたことも臆測に拍車を掛けた。

二階氏に近く、実状を知る立場にいる自民党議員は「小池氏は国政復帰にまんざらではない。二階氏とは阿吽の呼吸で、そのタイミングを計っている」と明かす。二階氏との会談で、小池氏は「引き続き二階先生のご指導を仰ぎたく存じます」と、今後の対応を二階氏に委ねるとも取れるような発言をしたという。

巷間、取り沙汰されているシナリオは、小池氏は9月5日のパラリンピック閉会後に電撃辞任。公職選挙法違反で略式起訴され、議員辞職した菅原一秀前経済産業相の選挙区である衆院東京9区から衆院選に出馬する――というものだ。

「復党すれば、いまの小池氏の勢いや二階氏との関係を考えれば、それこそ総裁候補になれる。総裁選が衆院選の前でも後でも、初の女性総理というフレコミで戦える。新党を立ち上げ、小池首班で連立を組むというウルトラCもある」(同)

選挙後をにらみ、主導権争いを繰り広げていると見られていた安倍氏と二階氏が、ここにきて和戦模様になっていることも、こうした観測に現実味を与えた。

「小池カード」に安倍元首相も乗る!?

2人は6月30日に会談。表向きは安倍氏の出身派閥である細田派と、二階派の議員同士がぶつかる衆院選挙区の調整だったが、小池氏の話題になったときに、安倍氏が「どうするんですか」と聞いてきたという。

「二階氏が持つ『小池カード』を切るのかということだ。時と状況次第では、安倍氏も乗るしかないと考えているとのメッセージだろう」(同)

目下、安倍氏の最大の関心事は、東京五輪成功もさることながら「台湾有事」(細田派幹部)だ。この観点からも「小池氏なら合格」(同)だ。

第2次、第3次安倍政権で小池氏は入閣を逃し、冷遇されたとの見方が強まった。実際、2人の間には距離ができ、小池氏の自民党離党と希望の党設立に行きつくのだが、もともと2人は「党内右派」の保守政治家として気脈を通じる関係だった。

2006年の第1次安倍政権で国家安全保障問題担当の首相補佐官として、日本版国家安全保障会議(NSC)や秘密保護法制、日米連携を強化する安保法制の検討を進めたのが、他ならぬ小池氏だ。女性初の防衛相に抜擢されると、沖縄の米軍普天間飛行場の辺野古移設計画を推し進めた。

台湾との関係も深い。15年には訪台し、総統選を控える蔡英文氏と会談。16年の都知事就任時には新総統の蔡氏から祝電をもらっている。在京の日米関係筋も「小池氏なら日米同盟は大丈夫」と太鼓判を押す。「安倍氏としても、小池首相誕生に強く反対する理由がない」(同)のだ。

だが、こうした見立てとシナリオに、どれほどの現実味があるのだろうか。

菅首相に近い政府関係者は「首相は政権維持への意欲を失っていない」と話す。都議選敗北や四度目の緊急事態宣言、五輪の無観客開催で大打撃を受けたのは確かだが、五輪で盛り上がり、その勢いで衆院解散に踏み切るシナリオは捨てていないという。大型経済対策で10兆円を超える規模を示した上で、パラリンピック閉会後に衆院解散、投開票を10月10日か17日に設定するという日程だ。

「知事を辞めて衆院選に出られるわけがない」

小池氏の動向についても、首相は周囲に「知事を辞めて衆院選に出られるわけがない」と吐き捨てるように話しているという。五輪・パラリンピックが終われば、900億円以上もの収入不足をどうするかなど、膨大な後始末が待っている。それを放り出して国政に転じるのは無責任で「激しい非難を浴びる」(政府関係者)というわけだ。

出たとしても、4年前に希望の党を立ち上げ、自民党に敵対した記憶はまだ新しく、いくら二階氏が後ろ盾になっているとはいえ、復党は容易でない。取り沙汰される新党設立も、希望の党が失敗に終わっただけに、永田町では困難視する向きが多い。

安倍氏に近い議員も首相と同じ見方だ。

「安倍、麻生、甘利の3Aは、『ポスト菅は岸田文雄前政調会長』との意向を変えておらず、二階さんと小池で握ることはない。小池カードは二階さんが持っていたいだけ。3Aとはまったくの同床異夢だ」

3Aは、衆院選の勝敗ラインを「自民党で単独過半数」の233議席に設定する。ただ現有276議席のうち30議席以上を減らせば「引責辞任はあり得る」と想定。総裁選で岸田氏を立てる方針だが、踏みとどまれば、来年の参院選に向けて引き続き菅首相を支持し、第2次菅政権で主導権を握っていく意向だという。

首相にとって有利な材料は他にもある。野党の結束が進まないことだ。都議選で立憲民主党は15議席の第5党で「政権の受け皿」として認識されなかった。衆院選に向けて共産党との共闘を進めるが、支持組織の連合や連携する国民民主党からの反発が強く、野党統一候補の選定作業が滞っているのが現状だ。

菅政権には楽観シナリオしかない…

立民の枝野幸男代表は7月11日、自民党と連立政権を組んだ旧社会党の村山富市元首相を大分市に訪ね、衆院選をにらんだ全国行脚をスタートさせた。立民内には「村山氏が自衛隊合憲、日米安保容認に180度転換したように、枝野氏も腹を固めて思い切ったことを実行する意気込みを示した」と見る向きもある。

同党のベテラン議員が危惧する。

「枝野氏は在京米国大使館から『本当に共産党と組むつもりなのか。台湾危機にどうするつもりなのか』と脅されている。共産党との共闘に突き進むのだとしても、共闘の旗印である安保法制廃止を米国は絶対に容認しない。枝野氏はどうするつもりなのか」

枝野氏ら立民幹部から、共産党との「野党連合政権」に否定的見解が相次ぐ背景には、連合や国民民主党に加え「共闘分断を図る米国の動きがある」(同)のだ。

菅首相に近い先の政府関係者は言う。

「これまで、何度も楽観シナリオが破綻しては緊急事態宣言に追い込まれたが、菅政権には結局この楽観シナリオしかない。『ワクチンが普及し、五輪も最後は盛り上がる』という希望的観測のまま、衆院選に入っていくだろう」

果たして、この楽観シナリオは吉と出るのか。五輪が、大規模クラスターが発生するなどして失敗に終われば、確実に凶と出る。二階氏が小池カードを切るタイミングを探っているのは間違いなく、衆院選が迫れば野党共闘が一気に進む可能性もある。

すべては東京五輪次第。首相の政治生命を懸けた大勝負は、さまざまな思惑が交錯しながら終盤を迎えようとしている。

場合によっては〝終戦〟を迎え、菅首相の電撃辞任もあり得よう。

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