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ラッシャー木村「今度おまえのことをアニキと呼ばせてくれよ」~一度は使ってみたい“プロレスの言霊”

ラッシャー木村「今度おまえのことをアニキと呼ばせてくれよ」~一度は使ってみたい“プロレスの言霊”
ラッシャー木村 (C)週刊実話Web

〝金網の鬼〟と呼ばれながら、キャリア後半にはすっかり〝マイクの人〟となったラッシャー木村。これを買われてテレビ番組『三宅裕司のいかすバンド天国』ではレギュラー審査員を務め、没後にはマイクパフォーマンスを集めた記念DVDも発売されている。

大相撲の宮城野部屋を経て1964年10月、23歳にして日本プロレスに入門したラッシャー木村。以後は東京プロレス、国際プロレス、新日本プロレス、第一次UWF、全日本プロレス、プロレスリング・ノアと数多くの団体を渡り歩くことになったが、その中で最も長く参戦したのが実は全日であった。

エースとして活躍した国際やアントニオ猪木と抗争を繰り広げた新日の印象が強いだけに、意外に思う人もいるだろう。84年11月に全日参戦を果たした木村は、2000年5月に三沢光晴らを中心としたノアの旗揚げに加わるまで、およそ15年半にわたって出場を続けた(次に長いのは国際で約14年。新日参戦は81年からの約3年間)。

最初は『世界最強タッグリーグ戦』におけるジャイアント馬場のパートナーとしての参戦であったが、リーグ戦の途中に反旗をひるがえすと鶴見五郎や剛竜馬、アポロ菅原、高杉正彦とともに「国際血盟軍」を結成。阿修羅・原は85年の最強タッグに木村と組んで参加しているが、基本は一匹狼のポジションだった。

以後、88年まで木村は全日軍と敵対することになる。馬場との対戦において木村がマイクパフォーマンスを多用し始めたことについては、後年のインタビューで「馬場との対戦を望んでいたのに全然振り向いてくれないから」と話している。

いつしか観客席から「マイク!」コールが

とはいえ、馬場が弟子たちに常々「口でプロレスをするな」と語っていたように、元来リング上での試合以外の余計な演出を嫌っていた。これは何度も口で挑発してきた猪木への嫌悪感もあってのことだろう。

木村にしても馬場の意向を知らなかったはずがない。そうすると木村が自主的にマイクを始めたとは考えにくく、おそらくその裏側には「エースであるジャンボ鶴田らの試合とはまた違った形で、馬場を盛り上げていきたい」という全日側からのリクエストがあったのではないか。

木村自身はそれまでマイクを多用するタイプではなかったが、新日での「こんばんは事件」のイメージが強く残っていたことから、これを木村のキャラクターにしたいという意図もあったのかもしれない。ともかく、そのマイクパフォーマンスは木村のレスラー人生を劇的に変化させることになった。

当初は「馬場、俺と勝負しろ!」というような通り一遍の内容だったが、ある時からペーソス漂うおかしみが加わるようになると、徐々にファンからの支持を受け始め、いつしか試合後の観客席からは「マイク! マイク!」と、これを求めるコールが起こるまでになっていった。

「馬場! おまえはハワイでグァバジュース飲んで鍛えたかもしれないけど、俺だって日本でポカリスエット飲んで鍛えたんだ、コノヤロー(毎年、年末になるとハワイの別荘で過ごす馬場に対して)」

「馬場! 最近なんか元気があると思ったらコノヤロー、おまえはジャイアントコーン食べてるな?」

こうした木村のマイクに対し、マイク嫌いなはずの馬場も苦笑いを浮かべるなど、徐々に反応を示すようになっていく。

ヒール(悪玉)からベビーフェイス(善玉)へ

そうして迎えた88年8月の日本武道館大会。最後のシングルマッチとなった馬場と木村の一戦は、馬場がランニング・ネックブリーカー・ドロップでフォール勝ちを収めるが、その試合後のことだった。

マイクをつかんだ木村は「俺はなあ、これだけ馬場と試合をするとなあ、とても他人とは思えないんだよ。だから一回でいいからなあ、今度おまえのことをアニキと呼ばせてくれよ。いいなコノヤロー」と大真面目な顔で叫んだのだ。

このときの場内の大歓声が後押しとなって、木村はヒール(悪玉)のポジションからベビーフェイス(善玉)に転換。同年末の最強タッグに馬場50歳、木村47歳の「義兄弟コンビ」として参戦すると、優勝したスタン・ハンセン&テリー・ゴディの「ニュー・ミラクルパワーコンビ」、鶴田&谷津嘉章の「五輪コンビ」に次ぐ3位の好成績を収めてみせた。

その後、89年2月に鶴田&谷津の持つ世界タッグ王座に挑戦した2人は、体力の衰えから第一線を退き、百田光雄らと「ファミリー軍団」を結成。永源遥、大熊元司、渕正信らの「悪役商会」を相手にした闘いは休憩前の名物とされ、木村は団体随一の〝愛されキャラ〟となったのだった。

《文・脇本深八》

ラッシャー木村
PROFILE●1941年6月30日生まれ~2010年5月24日没。北海道中川郡出身。身長187センチ、体重125キロ。得意技/ブルドッギング・ヘッドロック、逆エビ固め。

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