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六代目山口組・髙山若頭が工藤會・野村総裁と拘置所“電撃会談”

(C)週刊実話Web

神戸山口組(井上邦雄組長)との抗争の渦中にある六代目山口組(司忍組長)・髙山清司若頭が、極秘で九州の地を踏んだ。その目的は意外なものだった。

「勾留されている五代目工藤會(田上文雄会長=福岡)の野村悟総裁と面会するために、福岡拘置所へ行ったと聞く」(他団体幹部)

野村総裁は平成26年9月、元漁協組合長射殺事件に関与したとして田上会長と共に殺人容疑で逮捕され、看護師刺傷、歯科医師刺傷、元警部銃撃の事件でも組織犯罪処罰法違反(殺人未遂)などの容疑でも逮捕、起訴された。約3億2000万円を脱税したとする所得税法違反の罪にも問われ、平成30年に福岡地裁から懲役3年、罰金8000万円の判決が下されていた(上告)。

警察当局や検察が〝本題〟とする前記の殺人など4事件の公判は、昨年10月に幕を開け、およそ100人もの証人が出廷。今年9月にすべての審理を終え、来年1月に論告、3月に弁論が予定されている。野村総裁の接見禁止が解けたのは、審理終了後だった。

「逮捕されてから約6年もの間、弁護士以外との面会が許されなかったのです。工藤會は唯一の危険指定暴力団で、警察が壊滅を目指してツートップの逮捕に乗り出した背景もあり、非常にシビアな裁判でした。接見禁止が解かれなかったのも、その影響からでしょう。

それに、福岡県警は野村総裁が組員らと面会することで、工藤會の活動が再び活発になる可能性があるとみて、警戒を強めていました」(全国紙社会部記者)

実際、接見禁止が解除された18日後、9月25日付で工藤會執行部による最高幹部人事が各関係先に通知された。そんな中、10月22日に野村総裁と髙山若頭の面会が実現したという。

ところが、業界内からは「なぜ?」という疑問の声も上がったのである。

髙山若頭“福岡入り”の真意とは…

「六代目山口組と工藤會とは親戚関係ではない上、定期的な交流もなかったはずだ。野村総裁と髙山若頭との個人的な繋がりも聞いたことがない。福岡まで向かった背景には、何か戦略があるという見方もされた」(山口組ウオッチャー)

確かに、六代目山口組と工藤會との表立った付き合いは頻繁ではなかった。

平成20年7月、四代目工藤會・溝下秀男名誉顧問(三代目工藤會会長)の本葬儀に、当時は社会不在だった司六代目の名代として髙山若頭が参列。最高幹部や九州ブロックの直系組長らも弔問した。また翌21年6月に、当時は理事長だった田上会長ら最高幹部6人が、兵庫・神戸の山口組総本部を訪問。溝下名誉顧問の一周忌法要を営むことについての挨拶だった。

平成23年7月には田上会長が五代目工藤會を継承し、襲名挨拶のため総本部を訪れた。この年に出所した司六代目と、初めて〝トップ会談〟を行ったのである。

「山口組は昭和30年代後半の九州進攻において、工藤會の源流である工藤組との間で、『紫川事件』と呼ばれる報復事件に至った抗争の歴史がある。司六代目体制発足後は、山口組が全国各地の有力組織と親戚や友好関係を構築して関係強化を図ったが、工藤會と距離を縮める動きは見られなかった。過去の因縁など、もう無関係だったとは思うが」(同)

では、今回の〝電撃会談〟の目的は何だったのか。

「福岡までとなれば移動距離も長い。それでも向かった理由は、自身も拘禁生活を経験して、その苦労を知っているからこそ、野村総裁の体調を案じたんじゃないか? 業界の政略的な考えからだったら、接見禁止が解けた直後に駆け付けていただろうし」(前出・他団体幹部)

しかし、警察当局にしてみれば、工藤會との闘いはまだ続いているだけに、野村総裁の周辺には神経を尖らせているようだ。

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