
無から有を産むのが作家、とはよく言われる台詞。しかし昭和13年に起きた津山三十人殺し事件がやがて横溝正史の『八つ墓村』のモデルになり、昭和34年発生のスチュワーデス怪死事件に触発されて松本清張が『黒い福音』の筆を執ったように、現実の犯罪が推理小説の名作誕生に大きく寄与する例は過去、枚挙に暇がない。
とはいえ筆者の個人的興味で例えるなら、遂に迷宮入りとなった平成の怪異・井の頭公園バラバラ死体遺棄事件のごとき、否応なく世間の耳目をひきつけてやまないオカルトじみた猟奇性や派手な話題性に富む訳でもないのに、記憶の片隅に残ったまま、なぜかいつまでも払拭できぬ案件もまた、無数にあるだろう。
新聞報道の一角で看過されてしまいがちな、そもそも事件と呼ぶべきかも不確かな一件の「2人の女性による同時飛び降り自殺」と見られたケースに、後ろ髪引かれる思いを抱き続けた著者が正面から向き合い主題に据えたのがこの作品だ。
一気読み間違いなしの傑作
ところが、もの柔らかな筆致に導かれて物語に没入…かと思いきや、一筋縄ではゆかぬ展開が次第に異様な緊迫感を孕んでゆく。極力、未知の読者の興を殺がぬために慎重に記さねばならない所以だが、死に至るまでの彼女たちの人生を想像力を駆使して描写しつつ、並行して語られるのは2人の死者を素材として作品化すること自体への問い。つまりは小説を書き綴る行為そのものへの疑いの刃が、徐々に著者自身へと向けられてゆく過程があくまでフィクションであるはずの作中世界と地続きになる錯覚に襲われて怖い。
〝深淵を覗く時、深淵の側もこちらを覗いているのだ〟というニーチェの言葉を連想しながらも、一気読み間違いなしの傑作。
(居島一平/芸人)
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