社会

北朝鮮“実妹”の金与正「女帝復権」へ吹き荒れる粛清の嵐

(画像)Anton Watman / shutterstock

北朝鮮の金正恩総書記は6月29日、朝鮮労働党政治局拡大会議を緊急招集し、一部幹部を公然と批判した。同様の大規模会議は同月15日から18日に開かれたばかりで、時間をおかずに再び会議を開催するのは異例のことだ。

北朝鮮では先頃、金与正党宣伝扇動部副部長の上司だった崔輝党中央委員会部長と、1月の党大会時まで政治局の序列1位だった朴泰成党宣伝書記が、粛清された可能性が高いと伝えられたばかり。いったい何が起きているのか。

「トップ5に入る最高指導部メンバーの1人で、党政治局常務委員を務める人物が電撃解任されたようです。日本で言えば重要閣僚クラスで、軍総参謀長にもその累が及んでいます。『朝鮮中央通信』は誰が解任されたのか詳細を報じていませんが、6月30日に『朝鮮中央テレビ』が公開した映像によって、会議の内容が明らかになりました」(北朝鮮ウオッチャー)

映像によれば、正恩氏は会議の冒頭から怒りの表情を浮かべ、「幹部の凝り固まった無責任と無能力こそ、党政策執行に人為的な困難をもたらし、革命事業の発展に莫大な阻害を与える主たるブレーキだ」と厳しく叱責。どうにも怒りが収まらない様子で、身振り手振りを交え、時に問題があるとみられる最高幹部をにらみつけるようなそぶりも見せていた。

「会議では最高幹部の問題行動が資料を基に報告され、公開討論が実施されたようです。これは『思想闘争』とも呼ばれる北朝鮮独特のもので、対象とされた人物は公衆の面前で厳しく批判され、断罪されます」(同)

断罪する側は新設された「第1書記」の有力候補である趙甬元書記、与正氏と「1号宅」(正恩氏の筆頭側室)と呼ばれる玄松月副部長らで、登壇者は最高幹部への猛批判を繰り広げた。

与正氏の地位が一気に引き上げられる!?

「与正氏や松月氏は、地位の低い一介の党副部長にすぎません。それでも討論に起用されたのは、正恩氏の最側近だからでしょう。趙氏は与正氏が朝鮮労働党に入党する際に保証人を務めた人物で、正恩氏、与正氏兄妹とは家族ぐるみの付き合いがあります。つまり、最高幹部のクビを切るという重要事案が、正恩氏の取り巻き連中だけで決定されるという異常性をさらけ出したわけです」(同)

与正氏は1月の党大会で、第1副部長から副部長に降格されたが、その後も対米、対南談話を発表するなど存在感を維持している。最高幹部の更迭という重要な局面で討論に参加したことは、党内で特別な影響力を持つことを意味する。今後、与正氏の地位が一気に引き上げられる可能性もある。

会議のハイライトは最高幹部の解任である。北朝鮮のトップ5とは、最上位に位置する正恩氏以下、崔竜海最高人民会議(国会)常任委員長、先述した趙氏、李炳哲党中央軍事委員会副委員長(元帥)、金徳訓首相だが、趙氏は思想闘争で批判する側に立っていることから除外される。

「映像を確認すると、人事の場面で演壇に着席した最高幹部のうち、李氏が挙手せず下を向いていたことから、更迭されたことが分かる。また、雛壇の最後方に座っていた軍服姿の朴正天軍総参謀長(元帥)も、挙手に加わっていなかったことから李氏に連座したと思われます」(軍事アナリスト)

党序列4位の李氏は党軍事委員会副委員長として、最高司令官兼軍事委員長の正恩氏を支えてきた側近中の側近。また、党序列7位の朴氏も、正恩氏が最も信頼を寄せていた軍首脳の1人である。よほどのことがない限り、解任されることはない。

「2人は大陸間弾道ミサイル(ICBM)など戦略兵器開発の立役者でした。中でも李氏は現職に加え政治局常務委員を兼任するなど、超高速で昇進を果たした特別な存在です」(同)

権力継承から10周年の金正恩総書記

では、正恩氏は何に対して怒っているのか。その理由は、6月の党中央委員会で発令した「特別命令書」に、軍が違反したからだと考えられる。

「特別命令書の内容は、食糧難にあえぐ国民に軍の備蓄米(軍糧米)を配給するよう命じたものでしたが、以前から軍は物資の横流しを頻繁に行っており、それを隠ぺいするため不足分を独自に調達する必要があった。その結果、国家の防疫ルールに違反して、大量の米を中国から搬入したのです。今後、党などによる調査と責任追及が軍上層部の腐敗に及ぶなら、またぞろ〝血の粛清〟が吹き荒れるでしょう」(同)

正恩氏は今年12月で権力継承から10周年を迎えるが、党や軍の更迭人事を繰り返している。例えば軍総参謀長の場合、今回更迭された朴氏で7人目となる。正恩氏が実権を握るまでは、10年近く役職を務めるのが当たり前だったが、今や1人あたりの平均在任期間は1年強でしかない。

「これは権力が1人に集中することを恐れた結果とみられますが、逆にそれだけ正恩氏には、信頼に足る部下が不足しているという事実を証明しています」(国際ジャーナリスト)

どのような理由があるにせよ、部下に責任を押しつけることしかできない正恩氏には、実妹の与正氏と側室の松月氏しか頼る者がいないようだ。

「雌鶏歌えば家滅ぶ」とは、正恩氏の実父で先代の独裁者、金正日総書記が側近たちを諭した言葉だ。つまり、女性が政治に口出しすると国家が滅ぶという例えである。正恩氏の未来を予測していたのだろうか。

あわせて読みたい