神尾楓珠はW杯日本代表を目指していた! 強豪校で「これは無理」と悟ったサッカー少年時代

芸能界入りは「お試し」のつもりだった

実は、神尾はもともと芸能界を本気で目指していたわけではなかった。過去にスカウトされた経験があり、高校時代にオーディションを受けたことが芸能界入りのきっかけとなった。

本人も後のインタビューで、最初からこの仕事をずっと続けるつもりではなかったと振り返っている。

ところが、やってみるとドラマや映画の世界に引き込まれていった。高校2年生だった2015年、24時間テレビのドラマスペシャル『母さん、俺は大丈夫』(日本テレビ系)で俳優デビュー。しかも演じたのは、サッカー部員役だった。自身もサッカー経験者だった神尾にとって、まさに不思議な縁のあるスタートだった。

ピッチを離れた少年が、今度はドラマの中でサッカー部員を演じる。人生とは、なかなか面白いものである。

サイドバックで培った「バランサー」の感覚

サッカーを辞めたからといって、長年取り組んだ経験が消えたわけではない。むしろ現在の神尾の芝居には、サッカー少年時代に身につけた感覚が生きている。

2025年2月のインタビューでは、神尾は現在もサッカーゲームを楽しんでいることを明かし、選手時代にサイドバックとして培った「バランサー」の感覚を大切にしていると語っている。

小学生ではFW、中学ではサイドバック、そして高校ではトップ下。複数のポジションを経験した神尾だが、とりわけ本人が現在の自分の強みとして挙げるのが、サイドバック時代に身につけた「バランスを見る感覚」なのだ。

サッカーでは、味方が攻めれば自分が後ろをカバーする。逆に守備に回れば、攻撃に出るタイミングを見極める。周囲の状況を見ながら、自分がどこにいるべきなのかを判断する。神尾は、この感覚が俳優としての仕事にも生きていると考えているという。

主演だから常に前へ出ればいいわけではない。共演者との関係や作品全体の空気を見ながら、自分の立ち位置を考える。サッカーで培った「バランサー」の感覚が、俳優・神尾楓珠の個性の一つになっているのだ。