椿鬼奴、父はエリート商社マン、祖父は弁護士 代官山の“お嬢様”から生活一変した波乱の半生

バブル崩壊が人生の分かれ目だった…

パチンコと酒をこよなく愛する豪快なキャラクターで親しまれる椿鬼奴(54)。実は彼女はその生い立ちをたどると、祖父は弁護士、父は大手商社のエリート営業マンという、意外にも裕福な家庭の出身だった。

祖父は苦学の末の弁護士

本名・佐藤雅代(旧姓・宮崎雅代)は1972年生まれ。渋谷区代官山の裕福な家庭で育った。2024年放送のNHK『ファミリーヒストリー』では、祖父・宮崎武吉氏の波乱の人生が紹介された。

代々続く商家に生まれたながら父親を早くに亡くし、丁稚奉公をしながら高等小学校を卒業。夜学に通いながら独学を続け、31歳で京都帝国大学経済学部に入学した異色の経歴の持ち主だ。卒業後は山口県庁に入庁して官僚となり、のちに弁護士に転身した。

父はエリート商社マン

また、父親は鉄鋼関係の商社に勤めるエリート営業マンだったという。鬼奴自身は子どもの頃、自宅に講師を招いて英会話やピアノのレッスンを受けていた。実家は全館空調を備えた高級マンションで、2026年のテレビ出演時には「今もまだあります」と明かしている。

桐蔭学園中学・高校に進学し、弓道部では神奈川県大会で優勝する実力者だったが、勉強は大の苦手。本人が語るところによれば、大学受験では20校以上に不合格となり、一浪の末に清泉女子大学文学部へと進んだ。

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バブル崩壊で生活一変

お嬢様生活が一変したのは、鬼奴が大学生の頃。バブル崩壊のあおりで父が株の投資に失敗して大損し、借金返済のため代官山の自宅マンションを手放すことになったためだ。両親は離婚し、鬼奴は20歳の時に母、弟と3人で家を出て横浜へと引っ越した。

その後、弟が自立してからは母と2人で川崎の木造アパートに暮らすなど、裕福な少女時代とは正反対の生活を経験したという。念願のマンションに引っ越せたのは2010年、芸人として芽が出始めた頃だった。

母方祖父にも波乱の人生

母方の家系にも印象的なエピソードがある。祖先は鹿児島・喜界島の統治に関わった家系とされるが、NHK『ファミリーヒストリー』では、母方の祖父が競馬で借金を重ね、家族のもとから2度失踪したというエピソードも紹介された。

鬼奴自身は「この話は親族の中でも有名で」と苦笑い。「父も競馬が好きなんですよ。やってない人がいない」と振り返っており、パチンコ好きで知られる鬼奴自身の姿と重なる、なんとも印象的な家族エピソードだった。

大学卒業後はOLを経て、友人の誘いで飛び込んだ東京NSC4期生として芸人の道へ。在学中に勤め先の会社が倒産したことも、お笑いを本格的に志すきっかけになったという。

裕福な家庭で育ちながら、生活環境の激変も経験し、最終的には自ら芸人という道を選んだ鬼奴。その振れ幅こそが、現在の豪快で飾らないキャラクターの背景にあると言えるだろう。

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