「政治家にだけはなるな」野球ライター・田澤健一郎が監督に! 妻が背中を押した“意外な条件”【死ぬまでにやっておくべきこと】

『鶴岡ポニー』

監督候補5人に断られ、自ら指揮を執る決断

「代表だけなら二拠点生活でもできると思ったんですよ。でも、監督候補5人に断られた。みんな強豪校出身だから、本気でやる監督が仕事も家族も犠牲にするって分かってる。みんな賢いなと思いましたよ。だけど、立ち上げた以上は責任がある。『選手募集、監督は未定』じゃ、誰も来ないでしょ。全員に断られたら俺がやるしかないなって、どこかで心の準備はしてたんです。向いてないとは思ってたけど、もうやるしかないじゃん」

高校時代、捕手がいなくなっても出番のなかった男に、今度こそ出番が回ってきた。ただ、これには自分の人生を差し出す必要がある。妻には反対されると覚悟した。

「ところが、『やりなさい』って。収入も減るし、山形にいる時間も増える。『なぜ?』と聞いたら、『私が止めて諦めたら、“お前が止めなかったら野球チームを作ってたのに”って一生言われそう。そんなの嫌だ』って。よくお分かりで(笑)」

夫の夢も性分も見抜いた上での決断だ。この人と結婚して良かった、そう思った刹那、条件が一つ。

「『政治家にだけはなるな』って。あなたみたいな人が地元で子供の指導を始めたら、絶対に声がかかる。政治家の妻にはなりたくない。なるなら離婚だって。そんな話が来るわけないじゃんと思ってたら、本当に来た。妻はすごいですよ(笑)」

夫より先まで見通す妻に背中を押され、鶴岡ポニーの代表兼監督となった。ただし選手を集めるにも、遠征するにも金がいる。田澤はスポンサー営業にも動き、地元企業とユニホームなどの広告契約を結んだ。それでも足りない資金は貯金を切り崩した。目指すのは小さな球団経営。原稿を書いていた男は、チームを動かすために頭を下げる。

「指導経験はないけど、指導の本も、球団ビジネスも取材してきた。それを生かすしかない。遠征の段取りも、撮影のロケと一緒。唐揚げ弁当をおいしいと食べてくれる子どもたちのほうが、やりがいがある。これをやるために俺の人生があったんじゃないかって。実家にも妻にも甘えているけど、この年で実家に甘えてるなんていうプライドは捨てちゃった。やるからには中途半端にしたくなかったんです」

遠回りに見えた仕事も、ここでは役に立つ。ただ、それで勝てるほど野球もチーム運営も甘くなかった。

迎えた最初の試合は、3対26、腰が抜けるほどのボロ負けだ。しかし監督候補に代わりがいるわけでもない。田澤健一郎は、このチームを強くするしかなかった。

(後編につづく)

「週刊実話」10月29日・11月5日号より