「ギブアップしたのに止めてくれない」蝶野正洋が明かす“武藤敬司とのデビュー戦”とレフェリーの真価【蝶野正洋の黒の履歴書】

選手の命を守るためのレフェリー独立論

天山広吉と小島聡が、新日本プロレスと全日本プロレスのダブルタイトルマッチをやったことがある。

どちらも団体の看板を背負っているから負けられない。それで60分フルタイム近くまで戦ったんだけど、終盤で天山が脱水症状になって動けなくなった。そこでレフェリーの和田京平さんはダウンカウントをとって、天山のKO負けとなった。

いろいろ興行的な事情がある中で、毅然としたレフェリングをした和田さんはさすがだよ。

プロレス団体がレフェリーを所属として抱えていると、どうしても忖度してしまう部分がある。レフェリーといっても試合を裁くだけでなく、外国人選手の世話係やバスの運転手など、さまざまな業務をかけもちしてることも多いからね。

でも、本当はレフェリーを独立した立場に置き、各団体に派遣するような形を取るのが理想だ。そして、何かあったら試合を止めることができる絶対的な権限を持たせる。レフェリーはカウントを取るだけでなく、選手の命を預かる重要なポジションなんだから、団体の垣根を超え、レフェリング技術の向上や緊急事態に対する救急救命講習なども続けていくべきだね。

「週刊実話」10月29日・11月5日号より

蝶野正洋(ちょうの・まさひろ)

1963年シアトル生まれ。84年に新日本プロレス入団。「nWo JAPAN」を率いるなど“黒のカリスマ”として活躍し、2010年に退団。現在はプロレス関係の他に、テレビやイベントに出演するタレント活動、「救急救命」「地域防災」などの啓発活動にも力を入れる。