「性的加害に同意したわけではない」セクシー女優・博多彩葉が突いた“職業差別”…「差別と区別は違う」と訴え



「同じ境遇の子の光になれば」と自身の生い立ちについてもポストしていた(Instagramより)


◆児童相談所での保護、学校に通えなかった過去…「同じ境遇の子の光になれば」

博多は今回の発言に先立ち、自身の生い立ちについてもXで明かしていた。

高校時代に児童相談所で約半年間保護され、16歳の誕生日をそこで迎えたことや、アルバイトに追われ、学校に通い続けることが難しかったことを告白。その後、働きながら高卒認定を取得し、資金を貯めて18歳で家を出たと説明している。

投稿では、家庭環境に恵まれた人と、さまざまな事情を抱えてきた人とでは、同じ選択肢を前にしても置かれた条件が違うという思いを吐露。「世界線が違うのにハンデ負って同じゲームさせられるの普通にキツすぎ」とつづり、業界に憧れだけで入ることへの警鐘も鳴らした。

一方で、博多はセクシー女優という仕事そのものを否定しているわけではない。「女優さんは好きだしお仕事はいい環境で全力賭けてやらせて頂いてます」と説明し、業界のリスクを考えず、憧れだけで入ることへの注意を呼びかけている。

また、母親について「他人のガキ」と表現した部分は、後に「他人のお子さんごめんなさい」と訂正。博多は翌朝、「不安だったけど、私と同じような境遇で傷つきながらもがいてる子の光になればいいなと思って載せました」と投稿し、自身の経験を公表した理由を説明するとともに、寄せられた言葉への感謝をつづった。

こうした発言からは、セクシー女優への誹謗中傷への抗議にとどまらず、家庭環境や人生のスタート地点の違いを抱えながら生きる人にも思いを届けたいという意図がうかがえる。

◆ひろゆき氏の夜職論争にも通じる「職業への評価」と「個人への攻撃」

職業の社会的な位置づけや、若い世代にどう伝えるべきかをめぐっては、これまでも議論が起きてきた。

2026年5月には、実業家のひろゆきこと西村博之氏が、キャバクラやホストなどについて「子供に堂々と説明出来ない産業は、日陰であるべき」とXに投稿。子どもが憧れる職業として扱うことへの疑問を示し、賛否を呼んだ。

今回の博多の投稿とは対象も論点も異なるが、職業を社会的にどう評価するかという点では、共通するテーマがある。職業のあり方を議論することと、その仕事に就いている個人を侮辱したり、嫌がらせをしたりすることは別の問題だ。

「その仕事をどう評価するか」と「その仕事をしている人に何を言ってもいいのか」は、似ているようで別の問いだ。博多の投稿は、その境界線を改めて問いかけた形だ。

◆匿名なら何を言ってもいいのか 問われるネット上の言葉の責任

インターネット上の投稿は、匿名であっても必ず責任を問われないわけではない。法務省は、ネット上で名誉やプライバシーを侵害された場合、投稿の削除を依頼したり、一定の要件のもとで発信者情報の開示を請求したりできると案内している。もっとも、個々の投稿が違法となるかどうかは、その内容や状況などによって判断される。

職業を批判する自由があるとしても、それは個人の尊厳を無制限に傷つけてよいという意味ではない。一方、誹謗中傷を問題にすることと、職業に伴うリスクや社会的な評価を一切語れなくすることも、同じではない。

博多彩葉の投稿が投げかけたのは、セクシー女優だけに限った話ではない。仕事や立場を理由に、相手なら傷つけても構わないと考えていないか。批判のつもりで、いつの間にか個人への攻撃に踏み込んでいないか。

職業への評価と人への敬意。その二つをどう両立させるのか、SNSを使う一人ひとりに問いかけられている。

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