エンタメ

なぜ棚橋弘至は「愛してま~す!」を言い続けるのか? ~一度は使ってみたい“プロレスの言霊”

棚橋弘至「愛してま~す!」~一度は使ってみたい“プロレスの言霊” 
棚橋弘至“プロレスの言霊” (C)週刊実話Web 

1999年に新日本プロレスでデビューした〝太陽の天才児〟棚橋弘至も、すでに44歳になった。いまではレジェンドの風格さえ漂わせるが、ここに至るまでの道のりは、並の人間ではとても越えられないほどに険しいものだった。

新日本プロレスの最高峰IWGP世界ヘビー級王座。2021年6月現在、これを所持するのは、第3代王者の鷹木信悟である…。

こう聞いて「第3代とはどういうことか?」「アントニオ猪木や藤波辰爾、長州力、闘魂三銃士たちの扱いはどうなっているんだ」と疑問を抱く読者の方も、きっといるだろう(そもそも「鷹木って誰だ?」という方も多いはず)。

現在の「IWGP世界ヘビー級王座」は、かつてのIWGPヘビー級王座とIWGPインターコンチネンタル王座を統一したもの。今年3月1日に創設が発表されたばかりで、「世界」の2文字が新たに加えられている。

昭和のファンからすると寂しく感じるかもしれないが、とはいえ先のIWGPヘビー級王座にしても、最多防衛回数はオカダ・カズチカの12回、最多戴冠回数は棚橋弘至の8回ということで、いずれも平成時代の選手がその記録をつくっている。

棚橋は最多防衛回数においてもオカダに次ぐ歴代2位の11回で、数字の上では棚橋こそが〝ミスターIWGP〟と言えそうだ。

わざわざ「数字の上」とただし書きをつけたのは、棚橋が必ずしも圧倒的に支持された王者ではなかったからである。棚橋が新日のトップ戦線に絡んできたときは、いわゆる新日の〝冬の時代〟にあたり、かつてない低迷期だった。

格闘技路線とは対極をなす言動

〝冬の時代〟については、K-1やPRIDEなどの格闘技の舞台で、新日の選手が敗戦を繰り返したことが原因とされ、実際そうした面は大きかっただろう。

そのときに新日のエース格とされたのが棚橋だったわけだが、チャラ男風に茶髪を伸ばしてコスチュームは派手なロングタイツという、強さよりも巧さや見栄えのする動きを強調するスタイルは、それまでの格闘技路線とは対極をなすものだった。

新日が目指すべきは棚橋のスタイルなのか、それとも格闘路線なのか。いったいどちらが正しい道なのか。ファンの間でも葛藤が生じ「猪木が持ち込んだ格闘技路線が新日をダメにした」という声が上がる一方で、「棚橋などは本来のストロングスタイルにあらず」と忌み嫌う旧来ファンも多く、結局どちらのファンも新日から離れていくことになった。

棚橋が初めてIWGP王者となったのは、06年7月の『新王者決定トーナメント』の決勝戦でジャイアント・バーナードを破ってのこと。これは先代王者ブロック・レスナーがタイトルマッチをドタキャンしたことにより、急きょ組まれたものだった。

ファンからすると、この当時はレスナーが絶対的強さの象徴とされており、直接対決で勝ったわけでもないのに新王者と言われても…という気持ちもあっただろう。

そうした空気は、棚橋も重々承知だったはずだ。それでも棚橋はチャンピオンベルトを腰に巻くと、観客席に向かって「愛してま~す!」と絶叫してみせた。

諦めない姿勢が再ブームを招く

メインを務める機会が増えるにつれ、「愛してま~す!」を試合後の決め台詞とした棚橋だが、これもまた旧来ファンからの不評を買うことになった。同じく決め台詞とした「100年に1人の逸材」も「日本のプロレスの歴史が100年もないのに、100年に1人ってことは日本人歴代ナンバーワンなのか」と反発を受けたりもした。

ちなみに、これについては棚橋自身にそこまでの意識はなく、仮面ライダーキバのセリフ「1000年に1人の天才」をオマージュしたもので、1000年→100年、天才→逸材といくらか謙遜しているようにも見える。

また、入場後の指1本を上げるポーズや、試合後にやっていたエアギターも、仮面ライダーシリーズからの影響によるものである。

ともかく、さまざまな批判を受けることになった棚橋だが、それでも新日のエースとしてリングに上がり続け、人一倍のファン対応を行い、メディアでは「プロレスの素晴らしさ」を訴え続けた。

『2018年度プロレス大賞』の受賞式において、同年のMVPとなった棚橋は次のように語っている。

「ブーイングをね、いただいた時期もあって。新闘魂三銃士って期待をかけてもらった時期もあったんですけども、日の目を見ず…。運動神経が中の上の棚橋が、どうしたらこのプロレスの世界で生き残っていけるのか。ファンのみなさんの期待に応えて、何を見せられるのか。ああ、もう1個しかねーなって思って。諦めないことだなと」

決して諦めることなく自分のスタイルを貫いたこと、そして「プロレス、愛してま~す!」の気持ちを持ち続けたことで、棚橋は〝冬の時代〟を乗り越えた。そして、新日ブーム再来をもたらしたのである。

《文・脇本深八》

棚橋弘至
PROFILE●1976年11月13日生まれ。岐阜県大垣市出身。身長181センチ、体重101キロ。得意技/ハイフライフロー、スリング・ブレイド、ドラゴン・スープレックス・ホールド。

あわせて読みたい