張本勲さん86歳で死去 長嶋茂雄邸の近くに家を建てた“長嶋大好き人間”の素顔

東京ドーム(C)週刊実話WEB

9月9日、プロ野球の東映(現・日本ハム)、巨人、ロッテで活躍した張本勲さんが都内の病院で死去した。86歳。日本のプロ野球史上最多となる3085安打を記録した張本さんは、日曜朝に生放送される『サンデーモーニング』(TBS系)のご意見番として「あっぱれ!」「喝!」のコメントで人気を博した野球評論家でもあった。
私と張本さんはいろいろな場面で会話を交わした仲であった。球界ではストレートな物言いな上、毒舌だったため、嫌われ者の一面もあったが、なぜか私には優しく、叱咤激励も受けた。

田淵幸一への“愛の説教”

TBSのゴルフコンペでの控え室。私が同級生で親友の田淵幸一の背中に湿布薬を張っていたら、「同級生なんだから、そんなことまでするな!」と釘を刺された。続けて「スポーツ記者としてのプライドを持て」と言われたものだ。
また、ある少年野球教室で田淵の教え方がなっていなかったため、「もっと勉強しろ!」と喝を出したこともある。以来、張本さんと田淵の仲は険悪になった。

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長嶋茂雄と“ビンタ事件”

現役時代の張本さんがバントのサインを見逃した。その際、ビンタしたのが監督の長嶋茂雄氏だったのは有名な語り草だ。張本さんは近寄り難い威圧感のある選手だった。その張本さんの顔を“張った”長嶋さんの凄さを感じた。
ただ、張本さんは“長嶋茂雄大好き人間”だ。長嶋宅のある東京・田園調布から徒歩3分の所に張本さんは自宅を建てたほど。

天国での“球界談議”に期待

2004年3月、長嶋さんは脳梗塞で倒れた。退院後の長嶋さんは毎週月曜早朝、自宅近くの多摩川台公園でリハビリ散歩をしていた。張本さんも早朝、時間をずらして長嶋さんと同じく公園までの急な坂道を上っていた。
私は昨年6月に死去するまで長嶋さんの動向を追い続けていた。張本さんは心底、長嶋さんのことが好きなんだと肌で感じた。
あえて嫌われ役に徹した張本さんはあの世で長嶋さんと再会して「球界の未来」を語り合っているに違いない。合掌。(スポーツジャーナリスト・吉見健明)

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吉見健明

1946年生まれ。スポーツニッポン新聞社大阪本社報道部(プロ野球担当&副部長)を経てフリーに。法政一高で田淵幸一と正捕手を争い、法大野球部では田淵、山本浩二らと苦楽を共にした。スポニチ時代は“南海・野村監督解任”などスクープを連発した名物記者。『参謀』(森繁和著、講談社)プロデュース。著書多数。