岩田剛典の父はマドラス社長 家業ルーツは幕末生まれの高祖父、乗合バス事業も

実は有名ブランドの"御曹司"(本人のインスタグラムより)

「芸能人」という肩書だけでも華やかなイメージがあるが、その中には実家が裕福な"本物のセレブ"として育った人物も少なくない。本シリーズでは、そんな生まれついての"セレブ芸能人"の意外な素顔を紹介する。

本人が明かしたセレブな素顔

三代目 J SOUL BROTHERSのパフォーマーとして活躍し、俳優としても幅広い作品に出演している岩田剛典。実はダンスと演技で高い評価を受ける彼の実家は、名古屋の老舗企業として知られている。

2022年5月配信の『朝日新聞デジタル』のインタビューで、岩田自身が「マドラス創業家の次男坊」であることを明言。高級革靴メーカーとして知られる同社の創業家出身であることを、公にしたのだ。

父は1921年創業のマドラス株式会社社長

「岩田の父・岩田達七氏は、名古屋市中区栄に本社を置くマドラス株式会社の代表取締役社長。慶應義塾大学経済学部を卒業後、1973年に同社(旧・亜細亜製靴株式会社)へ入社し、1980年に取締役、1984年に代表取締役、2010年に社長に就任したとされる。同社は1921年(大正10年)創業の老舗中の老舗で、達七氏は雇われ経営者ではなく、創業家出身の"オーナー社長"だと報じられています」(芸能関係者)

陸軍相手の皮革ビジネスから乗合バスまで

岩田家の商売の歴史は、剛典の高祖父にあたる初代・岩田武七氏にさかのぼるという。1847年、愛知県の酒造業を営む家に生まれた武七氏は、家業を兄が継ぐことになったため名古屋で独立し、陸軍向けの皮革製品(靴のパーツなど)を扱う事業を興して拡大させたとされる。

さらに61歳の頃にはイギリスから蒸気自動車を輸入し、名古屋で乗り合いバス事業を手がけるなど、時代を先取りする挑戦を重ねた人物だったと伝えられている。

慶應大のダンスサークルが縁で誕生したシューズブランド

家業とのつながりは、岩田自身のキャリアにも表れている。岩田が所属していた慶應義塾大学のダンスサークル『Dancing Crew JADE』の名称は、後にマドラスが展開するスニーカーブランド「JADE」の由来にもなった。

さらに2021年11月には、マドラスの新ブランド『NERD MIND』のクリエイティブディレクターに就任したと報じられており、単なる"御曹司"にとどまらず、家業に実際に関わる立場でもあるようだ。

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