795試合、15年、そして「1年越し」――益田直也が辿り着いた「最も遠い250セーブ」



ロッテ益田投手の250セーブを記念したグッズを受注販売中だ(千葉ロッテHPより)

 「益田劇場」という信頼のかたち


ロッテファンの間で親しまれてきた「益田劇場」とは、危なげなく三者凡退で終わる守護神像とは少し違う。

先頭打者に出塁を許し、安打や四球で走者が増え、気づけば同点や逆転の走者を背負っている。それでも最後の一人を打ち取り、結果としてセーブを記録して試合を終わらせる――そんな綱渡りのような締めくくりが、長年にわたって何度も繰り返されてきた。

胃が痛くなるような9回。それでも最後にはなぜか勝っている。ロッテファンが何度も味わってきた、あの独特の安心感と不安感の同居こそが、「益田劇場」という言葉に込められた意味だった。

失敗する日もある。だが、ピンチを作ったあとに抑え切った場面ほど強く記憶に残る。完璧さではなく、何度も崩れかけながらも立ち続けたこと――250セーブという数字の中身は、まさにそこにある。

派手な剛速球で押し切るタイプではないからこそ、益田は駆け引きと粘り強さで打者を打ち取り続けてきた。

 平成生まれ、初めての名球会


今回の到達が持つ意味は、単なる歴代5人目という数字にとどまらない。1989年(平成元年)生まれの益田は、投手として平成生まれ初めての名球会入り資格獲得者となった。

名球会の入会条件はかつて「昭和生まれ」に限定されていたが、2012年の規約改正で門戸が広がった。その象徴的な第一号に、795試合という誰よりも長い道のりを歩んだ益田が名を連ねたことは、決して偶然ではないのかもしれない。

次の目標は、また次の1試合


達成翌日、益田が語った次の目標は「登板数」だった。大きな節目を打ち立てたばかりだというのに、視線はすでに次の1試合へと向いている。

795試合をかけて250にたどり着いた男にとって、記録とは一足飛びに掴むものではなく、目の前の打者を一人ずつ打ち取り続けた先に、気づけばそこにあるものなのだろう。

1年遅れて手にした金字塔は、その歩き方をそのまま体現していた。

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