【前編】江川卓「空白の1日」の真相…深夜の実家張り込みと独占スクープの舞台裏【記者失格 最終回】

 

野球界を揺るがした電撃発表と「江川を探し出せ! 」の緊急指令

そして迎えた翌1978年11月22日のドラフト会議前日、巨人が江川との契約を電撃発表する。これが球史に残る「空白の1日」だ。当時の野球協約の盲点をついた盟主・巨人の暴挙に他の11球団は猛反発し、前代未聞のボイコット騒動へ発展した。

大混乱のドラフト会議で阪神が江川の交渉権を獲得すると同時に、私に大阪スポニチの部長から「江川を探し出せ。3日以内だ!」の緊急指令が下った。

行方をくらました江川を追う中で、私は交際相手である正子さんの自宅の張り込みを開始。夕方、車で外出した彼女をタクシーで追ったが途中で見失ってしまう。そこで南海の球団代表が語っていた「江川はまず水島新司先生のところへ挨拶に行く」という情報を思い出し、水島氏の自宅へ向かった。

スタッフには「いらしてません」と断られたが、駐車場には正子さんの車があり、家の中からは江川の笑い声がかすかに聞こえてきた。確信を得た私は、翌朝に彼女の車が消えたタイミングで、江川の実家に電話を入れる。早朝にもかかわらず、電話に出たのは江川本人だった。

カメラマンと合流してすぐ実家に向かうと、江川本人が自宅の門の前まで出て来てくれた。

「阪神から指名されたけど、どうしますか?」

私が質問を投げかけると、江川は冷静に答えた。

「阪神さんと巨人さんに話し合ってもらうしかないですよ――」

この短い一言が、ドラフト後初の肉声として翌日のスポニチ1面を飾る独占スクープとなった。

【後編に続く】

吉見健明

1946年生まれ。スポーツニッポン新聞社大阪本社報道部(プロ野球担当&副部長)を経てフリーに。法政一高で田淵幸一と正捕手を争い、法大野球部では田淵、山本浩二らと苦楽を共にした。スポニチ時代は“南海・野村監督解任”などスクープを連発した名物記者。『参謀』(森繁和著、講談社)プロデュース。著書多数。