【W杯の光と闇①】W杯予選がきっかけで隣国同士が開戦に踏み切った「サッカー戦争」の苦い記憶

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日本代表は2026W杯1次リーグを2位通過し、明日の決勝トーナメントでブラジル撃破に挑むが、これほどまでにW杯が人々を熱狂させる大会であることを改めて実感しているサッカーファンも多いことだろう。だが、光が強ければ闇もまた濃くなるもの――サッカーの歴史には、その熱狂が国家間の武力衝突にまで発展した前代未聞の出来事があったことを振り返っておこう。

一触即発——くすぶり続けた両国の火種

中米の隣国、エルサルバドルとホンジュラスは、元々さまざまな問題を抱えていた。国境線をめぐる争い、ホンジュラスに流入するエルサルバドル移民への摩擦、そして工業製品をめぐる貿易トラブルが重なり、両国はまさに一触即発の状態にあった。そこに1970年メキシコW杯の北中米予選という火種が投じられた。

スタジアムが憎悪の場と化した

1969年6月8日、ホンジュラスの首都テグシガルパで行われた第1戦の前夜、エルサルバドル代表が宿泊するホテルの周辺をホンジュラスのサポーターが取り囲み、昼夜を問わず爆竹やクラクションを鳴らし、投石まで行って相手チームを疲弊させた。

試合はホンジュラスが1-0で勝利したが、敗戦を苦に18歳のエルサルバドル人女性が拳銃で命を絶ち、その葬儀には大統領や代表選手まで参列した姿が中継される国家的イベントの様相を呈した。

第2戦はエルサルバドルの首都サンサルバドルで行われた。今度は逆にホンジュラス代表が宿泊するホテルの窓を割られ、腐った卵やネズミの死骸が投げ込まれた。応援に来ていたホンジュラスサポーター2名が暴徒に襲われ命を落とし、自動車150台が放火された。試合はエルサルバドルが3-0で勝ち、1勝1敗の同スコアで運命の第3戦へと進んでいった。

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