田淵幸一と沢松姉妹の極秘交際…52年間封印されたお嬢様との純愛と西宮の豪邸テニス

 

父親の心配と会社からの厳命の間で隠し通した純愛

その後も沢松姉妹と田淵の極秘交際は続いたが、記者の私は誰にも口を割らず、どこにも書かなかった。実は、私は将来の結婚相手を心配した田淵の父親から「息子の交際相手を報告してほしい」と頼まれていた。

また、上司の部長からは「田淵の結婚スクープは絶対に逃すなよ」と釘を刺されてもいた。それでも隠し通したのは、私にとって2人は理想のカップルで、このまま結婚してほしいと強く願っていたからだ。

ただ、私が見守ろうと思っていたこの関係は、思わぬ展開となる。というのも、出会いから田淵の本命は妹の和子さんで、和子さんの態度も脈ありのように見えていた。

ところが、実は姉の順子さんも田淵に密かに恋心を抱いていたのだ。そして、その気持ちを知った和子さんは、お姉さんに譲って身を引こうとしたのだ。

これは妄想ではない。私は友人として姉妹から恋の相談を受けており、姉妹それぞれから田淵への想いを綴った手紙まで貰っていた。田淵にも正直に伝えたが、和子さん一筋の想いは変わらなかった。

2人のいじらしさを思うと、そんな田淵の本音を姉妹に伝えることは到底できなかった。

宝塚トップスターへの心変わりと自然消滅

その後のことはよくある話だ。姉妹との交率はそれ以上に進展することはなく、しばらくすると田淵は新しく出会った宝塚トップスターの鳳蘭に心が移り、姉妹との関係は自然消滅した。

後日、沢松姉妹の父親が「プロ野球選手の女性関係の悪さを娘たちに話して田淵を諦めさせた」とも聞いた。実際、その後の田淵には認知騒動などさまざまな女性スキャンダルが表面化した。

こうして沢松姉妹との純愛物語は表に出ることなく、かき消されていった。誰もが経験する若き日の儚い1ページであり、52年間封印してきて私は正解だったと思っている。

沢松姉妹の2人が幸福な家庭を築いたことが何より嬉しく思う。

【関連】江本孟紀の結婚スクープを報知に抜かれた夜…野村解任や「3悪人」の裏で動いた盟友の絆【記者失格第2回】

吉見健明

1946年生まれ。スポーツニッポン新聞社大阪本社報道部(プロ野球担当&副部長)を経てフリーに。

法政一高で田淵幸一と正捕手を争い、法大野球部では田淵、山本浩二らと苦楽を共にした。

スポニチ時代は“南海・野村監督解任”などスクープを連発した名物記者。

『参謀』(森繁和著、講談社)プロデュース。著書多数。