ヘビメタ、バイク、阪神愛…高市早苗が「日本初の女性首相」になるまでの異色すぎる半生【歴代総理とっておきの話】



落選、無所属、自民入党拒否…知られざる下積み時代

松下政経塾は、松下電器産業(現・パナソニック)創業者の松下幸之助が、リーダー育成を目指して設立した。中道改革連合の野田佳彦元首相、日本維新の会の前原誠司元外相も、この政経塾出身である。

平成11(1999)年、その政経塾出身の国会議員たちが『21世紀・日本の繁栄譜』(PHP研究所)という本を出版し、当時、2回生議員だった高市も、これに一文を載せている。

ちなみに、高市は昭和62(1987)年、政経塾からアメリカ連邦議会に政策立案や調査に携わるフェローとして派遣され、2年後に帰国。政経塾を卒業後、間もなくキャスターとして大橋巨泉などの番組に出演した。そして、このテレビでの人気を借りて、平成4(1992)年の衆院選に無所属で出馬も落選。しかし、翌年の衆院選で初当選を飾った。

自民党からは、無所属出馬で自民候補に敵対した経緯もあり、当初は入党を断られていたが、初当選から3年目にようやく入党が許され、今日に至っている。

さて、前出の本である。高市の一文は、平成22(2010)年10月に自分が首相となり、その後の組閣で「重要ポストの経済産業大臣には1年生議員を起用する」といった常識を覆す人事を行う“夢”などが描かれている。併せて「高市政権」が実現した場合の方向性については、自分たちの憲法を作り上げるとして、憲法改正などを掲げた「5本柱」を挙げている。