「逃げても、また立ち上がれる」25年間“荒木村重だけ”を愛した女性の人生哲学【死ぬ前にやっておくべきこと】

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「村重名鑑」を伊丹市に寄贈したい

その気づきは、しんのじ自身の人生にも重なる。数年前、彼女は上司との折り合いが悪く1年ほど休職した。仕事は頑張っていたつもりだった。会社に行けなくなった日、同期のキャリアコースから外れる予感に、足元が崩れた。その時、彼女を立ち上がらせたのも、やはり450年前に有岡城を捨てたあの男だった。

「『荒木村重みたいな人もいるしな』って思ったんです。逃げても、世間にひどく言われても、出家して名前を変えて、それでもまた茶人として立ち上がった男がいる。だったら私も、ここでちょっとつまずいたぐらいなんてことない。大丈夫だろうって」

復職してみると、元いた部署は解体されていた。病んだ人が多すぎたのだ。まるで織田家臣団のようだが、今、彼女は村重と同じように、全く違う部門で生きている。シュミの荒木村重に没頭しながら。

’22年、伊丹ミュージアム特別展「荒木村重」が開催。『黒牢城』が直木賞受賞。’23年は北野武監督『首』が公開。村重役は遠藤憲一で主役級の扱いである。しんのじは、村重の刺繍を施したブルゾンを晴れ着として初日の劇場に乗り込む。あわやカンヌにも乗り込む寸前だった。

「『首』の時に思いました。これだけ村重のことを考えてきた人間にしか許されない喜びの領域があるんだなって。私にとっての村重は“天気”のようなもの。コントロールできなくても、当たり前に生活の中にあり、過ごしやすい日が続くと世界が少し明るくなる」

そして今年。村重イヤーがやってくる。大河ドラマ『豊臣兄弟!』、映画『黒牢城』。25年の壁打ちが結実したかのような僥倖。しかし、これで終りではない。しんのじが「死ぬ前にやっておくべきこと」の野心をこう語る。

「『村重名鑑』を作りたいんです。古今東西の小説、漫画、ゲーム、映画、ドラマ。荒木村重が出てくる作品をすべてまとめた本。ちゃんと作り込んで、伊丹市に寄贈できたらステキじゃないですか? 仕事にしたいとか、お金を稼ごうとは思わない。私は、伊丹出身ではない、東京生まれの東京育ち。たった1人で25年村重を応援してきた。『村重と伊丹の町がこんなに好きでした』って言えれば、それで満足なんですよ」

信長も秀吉も家康も、キャラクターは固まりきっている。だが村重は違う。再評価が始まったばかりで、これからどう描かれるか、まだ誰にも分からない。

「黎明期から評価が変わっていく様も含め、全部追っかけて死ねるんじゃないか、という希望は、長い時間見続けた人間の特権ですよ」

450年前、城を捨てて逃げた男。25年前、その背中に惚れた女。2人の長い旅は、まだ終わらない。
 (完)

「週刊実話」6月18日号より