ミ・アモーレが示す“中森明菜ブランド戦略”の革新性【スージー鈴木の週刊歌謡実話第35回】

海外旅行ブームとシンクロしたヒット曲群

まずはタイトルからして「ミ・アモーレ」。歌詞には「リオの街」「カーニバル」「サンバのリズム」とブラジルを連想させる言葉がちりばめられています。

中森明菜のボーカルも堂々たるもので、楽曲のスケール感も満点。この年、大活躍のチェッカーズや安全地帯を抑えてのレコ大受賞に、異論は少なかったのです。

この後、中森明菜、いや「歌う兼高かおる」は、ワールドワイド歌謡を次々と放っていきます。

・『SAND BEIGE─砂漠へ─』(’85年)
・『ジプシー・クイーン』(’86年)
・『TANGO NOIR』(’87年)
・『AL─MAUJ(アルマージ)』(’88年)

それは、迫るバブル景気の中、気軽に海外旅行が行けるようになっていたOL層の感覚にピタッと寄り添う作品群でもあったのです。

では「ミ・アモーレ」って、どんな意味だったのか。「MI・AMORE」とか「Meu amor é…」などと表記されているけれど――。

実はこれ、何と藤倉克己による造語だったのですよ。

でも「歌う兼高かおる」と、その言葉を「造ったディレクター」でレコ大取ったのだから結果オーライなのです。

「週刊実話」6月4・11日号より

スージー鈴木/音楽評論家

1966(昭和41)年、大阪府東大阪市出身。『9の音粋』(BAYFM)月曜パーソナリティーを務めるほか、『桑田佳祐論』(新潮新書)、『大人のブルーハーツ』(廣済堂出版)、『沢田研二の音楽を聴く1980―1985』(講談社)など著書多数。