【追悼】五十嵐淳子さん急逝――中村雅俊が語った「人生最大のラッキー」 銀座“伝説の店”が生んだ昭和スターたち

中村雅俊(C)週刊実話Web

俳優兼歌手・中村雅俊(75)の妻で女優の五十嵐淳子さん(享年73)が4月28日、急病で死去した。突然の愛妻の死に中村は「俺の人生最大のラッキーは妻と出会ったことでした。その妻を亡くすことなど考えたことがなくて、今はその現実を受け止めることができません」と悲痛な思いを発表している。

「淳子さんは中村との間に1男3女をもうけました。"おしどり夫婦"として知られ、長男は元俳優で三女はモデルとして活動しています。子供に手が掛からなくなってからは、夫の中村を支えながらフラワーショップを主宰していた。近年、お元気そうでしたが、急死。中村を含めた家族のショックは計り知れません」(知人の芸能関係者)

1970年、五十嵐さんはバラエティー番組『日曜8時、笑っていただけます』(TBS系)で芸能界デビュー。一躍、お茶の間のアイドルとして脚光を浴びた。デビュー時の芸名は「五十嵐じゅん」だった。

翌'71年、清純なその美貌を芸能系雑誌が放っておくはずもなく、グラビアで引っ張りだことなった。'75年に公開された映画『阿寒に果つ』で主演を務め、その後、本名の五十嵐淳子と改名した。

中村と出会ったのは、'77年から放送されたドラマ『俺たちの勲章』(日本テレビ系)での共演だった。五十嵐さんに一目惚れした中村は押しの一手で交際、同年スピード結婚した。

銀座ミニクラブ「徳大寺」が輩出した数多くの芸能人たち

「'88年に田原俊彦主演ドラマ『教師びんびん物語』(フジテレビ系)で6年ぶりに女優復帰した淳子さんの色褪せない美しさは話題でしたね。清純派のイメージが強かった淳子さんですが、実は高校2年の17歳時に家出している。高校も中退して銀座のミニクラブ『徳大寺』で働いていたことを週刊誌にすっぱ抜かれた」(中堅芸能プロオーナー)

「同店は銀座の格式ある高級クラブに対して"ミニクラブ"と呼ばれて流行っていましたよ」(同)

『徳大寺』は五十嵐さんの他、数多くの芸能人を輩出した。風吹ジュン(74)、小川ローザ(79)、安西マリア(享年60)、高沢順子(71)、森田日記(69)、三東ルシア(67)らは同店でスカウトされ、次々に芸能界デビューを果たした。

「店には西城秀樹さんをスカウトした有名芸能プロモーターの上条英男氏も出入りしていました。上条氏のお眼鏡に適った女性は、女優、歌手、モデルなど芸能界へ足を踏み入れて行った。淳子さんもその1人。当時、『徳大寺』は"芸能界の登竜門"と呼ばれたんです」(当時を知るクラブ関係者)

小川ローザは'69年に放送された丸善石油のCMが大当たり。ローザのミニスカートがめくり上がり「Oh!モーレツ」と叫ぶCMだ。社会現象を巻き起こすほどの話題作となった。

「'70年2月にカーレーサーの川合稔さんと電撃結婚するんですが、半年後に川合さんがテスト走行中に死亡したことで芸能界を引退したんです」(元女性誌記者)

高沢順子もブレイクしたのはCMだった。'73年、ホーローバスのCM「お魚になったワ・タ・シ」だ。

「その後、結婚、離婚を経て、女優として活動するんですが、仕事は激減。'00年以降は芸能界から完全に消えました」(元知人のマスコミ関係者)

'73年、「チョコレート・マリア」のキャッチフレーズで歌手デビューした安西マリアは『涙の太陽』が爆発的ヒットになったが、事務所や男性関係に恵まれず、'14年3月に他界している。三東ルシアは'74年に人気グラビアで知られた存在となった。

「現在も芸能界の第一線で活躍しているのは、風吹ジュンくらいです」(芸能ライター)

風吹ジュンだけが第一線、「徳大寺」伝説の最後の生き証人に

前述の『徳大寺』で働いていた風吹は、'74年に『愛がはじまる時』で歌手デビューし人気を博した。しかし、事務所移籍問題を巡り、トラブルが相次いだのだ。

「風吹が誘拐されるという事件が起きたり、事務所の二重契約問題でCMを降板させられたりもした。年齢を2歳サバ読んでいたという年齢詐称も発覚しました」(元夕刊紙記者)

'81年、音楽プロデューサーの川添象郎氏と結婚。1男1女をもうけるが、川添氏の不貞で'92年に離婚。

「風吹は不運なスキャンダル続きでしたが、持ち前の演技力が評価され、今や映画、ドラマに欠かせない存在になっています」(同)

五十嵐さんの急死により、ミニクラブ『徳大寺』伝説を体験する現役第一線の女優は風吹だけとなった。

【関連】“奇跡の70歳”風吹ジュン、極貧の10代から暴力団介入の移籍トラブルまで…波乱万丈の人生
【関連】青春ドラマの金字塔が映画化! 青春時代を共に過ごした友に会いたくなる『五十年目の俺たちの旅』