「野球に生かしてもらった」女子高校野球監督・野々垣武志が語る“人生を懸けた恩返し”【死ぬ前にやっておくべきこと】

「ここで逃げたら一生逃げ続ける」桑田真澄の母の言葉

4回、5回と流れが傾きかけるたびに佐久長聖はしのいだ。満塁のピンチで投手のグラブにライナーが吸い込まれるという奇跡もあった。中盤を耐え、空気が佐久長聖に傾いていく。全員がチャレンジャーでいる限り、隙は必ずやってくると野々垣は信じていた。

最終回。1点のビハインドから押し出し、犠牲フライ、内野ゴロという地味な攻撃で6対4と逆転したことは、全員で1点をもぎ取る佐久長聖の野球の真骨頂だったのかもしれない。

その裏、最後の打球がグラブに収まった瞬間、選手たちがマウンドに駆け寄った。抱き合い、飛び跳ね、心の底から喜んでいた。東京ドームの時計は夜の10時を回っていた。その笑顔を見た時に、野々垣の目から涙が溢れた。

「子どもたちが本当によろこんでいる姿を見たら溢れてきちゃいましたね。4年間の出来事や、試合の展開なんて、全部吹っ飛びました。嬉しい。ただ胸が熱かった。それだけですよ」

長野に帰ると、たくさんの人が優勝を喜んでくれた。野々垣は一人喧騒を離れ、優勝報告の電話を桑田真澄にした。

「自分のことのように嬉しいよ。頑張ったな」

嬉しかった。野々垣は照れた。PL学園時代、脱走の常習犯だった野々垣に、桑田の母が言ってくれたことがある。

「ここで逃げたら一生逃げ続けることになるよ」

あの日から野々垣は逃げなかった。どんなに厳しい状況にも、自分の信念を曲げてでも、子どもたちの喜ぶ姿を見るため、逃げずに、信じ、ここまで来られた。だが、これで目的が達成されたわけではない。

「次の目標は春夏連覇ですが、僕らは優勝しても“自分たちが強い”なんて感覚は一切ない。あくまでもチャレンジャーです。また一からぶつかっていきますよ」

不器用な男が、長い流浪の末に辿り着いたのは長野の高校のグラウンドだった。佐久長聖と同様に野々垣の旅もまだ終わりではない。

「死ぬ前にやるべきこと」

そう聞くと、野々垣は言った。

「分からないですが、野球であることだけは確かです。これまでいろんな人に助けてもらい、野球に生かしてもらいましたから。その恩返しをしていくだけです」

野球しかできない男の、野球でしか返せない恩返しはまだ始まったばかりだ。
 (完)

「週刊実話」5月28日号より