小泉今日子『夜明けのMEW』が照らす“男の思い込み”と1986年の恋愛風景【スージー鈴木の週刊歌謡実話第34回】

若き秋元康の才能が炸裂

おっと妄想が止まりませんが、言いたいことは、このような典型的な40年前の風景が、リアルに浮かんでくるような絶妙な歌詞だということです。

若き秋元康の筆は冴えています。「シェイドを開けた分だけ陽射しが射すように」という比喩表現は見事だし、「仔猫の姿勢でサヨナラ待っている」というフレーズも、そんじょそこらの作詞家には書けないはず。

中でも素晴らしいのが「君をすべて知っていると思っていた」「君がすべて知っていると思っていた」の併用です。

一人称「僕」は男性の自分、ということは二人称「君」は彼女。

「君を……」は、彼女「を」完全に理解しているという男性の勝手な妄想、「君が」は、彼女「が」自分を完全に理解してくれているはずという、こちらも男性の勝手な妄想。そんな「男性あるある」な幼稚さの両面を、助詞の付け替えだけで見事に表現している!

秋元康という人は、まぁ正直、いろいろ言われがちな人ですが、かつ私もいろいろ言っていますが、80年代の彼の作品には、今の作品にはない才能のきらめきがあったように思います。

中でも『MEW』は、当時の彼の最高傑作だと思うのですが、どうでしょうか。

そして私たちは、あれから40歳を重ねて、『MEW』から40周年、方南町のワンルームから40周年の夏を迎えようとしているのです。

「週刊実話」5月28日号より

スージー鈴木/音楽評論家

1966(昭和41)年、大阪府東大阪市出身。『9の音粋』(BAYFM)月曜パーソナリティーを務めるほか、『桑田佳祐論』(新潮新書)、『大人のブルーハーツ』(廣済堂出版)、『沢田研二の音楽を聴く1980―1985』(講談社)など著書多数。