君島十和子、JALキャンペーンガールから「美容の女帝」へ。お家騒動を跳ね返し、夫を支え抜いた“丙午”の強運【丙午有名人の履歴書10】

君島十和子(C)週刊実話Web

【丙午有名人の履歴書10】
2026年は、昭和41年生まれの「丙午(ひのえうま)」の女性たちが一斉に還暦を迎える。

この年生まれの女性には「気性が激しく、夫を食い尽くす」という迷信が、かつてはまことしやかに語られていた。

だが、現在第一線で活躍する彼女たちの姿を見れば、それが時代遅れの偏見であったことは明白だろう。その「丙午娘」たちのなかでも、ひときわ眩い光を放ち続けているのが、美容家・君島十和子である。

男たちを釘付けにした「JAL沖縄」の眩い微笑み

世間が彼女の存在を強烈に意識したのは、1985年のことだった。「JAL沖縄キャンペーンガール」として注目を集めた当時の彼女――吉川十和子は、まさに「理想の女性」そのものだった。

洗練されたスタイルと、100万ドルの微笑。その透明感あふれる美貌は、バブル前夜の日本に涼やかな風を吹き込んだ。女優としても数々のドラマや映画でヒロインを演じ、誰もが彼女の平穏で華やかな未来を疑わなかった。

世紀の結婚と、日本中を敵に回した「泥沼の騒動」

しかし、人生とは奇妙なものである。

1995年、彼女が選んだのは「オートクチュールの旗手」として名を馳せた君島一郎氏の次男(婚外子)、君島明(現・誉幸)氏との結婚だった。

直後に発覚した隠し子問題、義父・一郎氏の急逝に伴う凄絶な遺産争い、そして本家の座を巡る「お家騒動」。マスコミは連日、彼女を「悲劇のヒロイン」に仕立て上げ、あるいは「野心家」として激しく糾弾した。

しかし、自宅が報道陣に幾重にも取り囲まれる中、彼女は沈黙を貫いた。普通なら精神を病んでもおかしくない状況である。振り返れば、ここでの彼女の対応こそが、まさに「丙午の女」の真骨頂だったのだ。

彼女は夫の手を離さず、降りかかる火の粉をすべて受け止めながら、凛(りん)とした表情でマスコミの前に立ち続けた。

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