「野球を諦め就職したこともあるが、野球から離れられなかった」女子高校野球・野々垣武志監督の波乱万丈人生【死ぬ前にやっておくべきこと】



日本一の座を懸けて指揮を執る野々垣


挫折を越えて辿り着いた指導者の覚悟

野々垣自身、「覚悟」を決めて挑んだという決勝戦。相手が優勝校だろうが、創部からわずか5年だろうが、関係ない。勝ちたい。勝てる。選手たち全員がそんな覚悟を持って挑んでくれた決勝の舞台。一歩も引かずに勝利を掴み取ってくれたことは、この4年間の歩みのひとつの結実となった。

あの優勝から1週間。野々垣監督が、あの激闘とその道のりを振り返る。

「優勝できたのは、すべて選手たちのおかげですよ。準決勝は神戸弘陵さん、決勝戦の履正社さんと格上の相手ばかりでしたが、選手は最後まで自分たちを信じ、逆転されても諦めることなく戦ってくれました。監督の僕は覚悟を持つことだけ。信じる、と。選手たちを信じる。そして自分を信じる。僕は言葉に出して言うんですよ。『この子たちならやれる。大丈夫。どんなことが起ころうと俺が責任を取ればいい。自分を信じ、子供たちを最後まで信じ抜くんだ』と。口から自然に言葉が出れば、心から本気で思えているということ。だから試合中に一度でも疑うことはありませんでした」

危うい場面は何度もあった。初回にエースが2点を奪われ、なお、満塁のピンチも我慢の続投。レフトへ強烈な当たりが野手の正面をつきピンチを脱したが、薄氷を踏む展開が続いた。

「エースもさすがに研究されていて、ほぼ芯でとらえてくる。最後の満塁からの続投も紙一重です。賭けにも思えますが、うちの守備陣なら守り切れる自信はありました。この初回を守りきれたことで、その後の継投が楽になり、早め早めの決断ができる。接戦で粘れていれば必ず空気が出来てくる。強豪ではないうちの何が強いって、一体感ですよ。特に負けている展開だと、ほとんどの場面で粘って逆転する。この試合も全員が『逆転できる』と信じ切っていました。元々強豪ではない挑戦者としての立場だから『何もしないより、何かやって失敗しよう』という攻めの気持ちを忘れない。それは、僕が何を教えたわけじゃなくて、子供たちが自分たちで作り上げたものです」

佐久長聖の一体感は1点を争う最終回に真骨頂を見せる。表の攻撃で土俵際からの粘りを発揮して逆転。その裏、同点のピンチで野々垣はマウンドへ向かう。

「2点取られてもいい。普通にやれば絶対に大丈夫だ」。その言葉は気休めではない。必ず打ち取れる確信があったという。

「守り切ってくれましたよ。優勝した瞬間、子供たちがマウンドにバーッと集まってきて、心からよろこび回っていた。あの笑顔を見たときにグッと来てしまいましてね。創部から4年間の苦労がどうこうなんてものはありません。ここまでの道のりはいろいろとありましたけど、本当に一瞬の出来事でした。今、この瞬間、子供たちが頑張ってくれて、全国で一番を勝ち取りよろこんでくれている。考えられるのは、それだけですよ。本当にうれしかった」

創部からわずか5年での全国制覇を、人は奇跡と呼ぶのだろう。だが、この野球部の軌跡を辿れば、決して偶然でないことが分かる。

2022年。埼玉西武ライオンズ・レディースの打撃コーチを辞した野々垣が、何の縁もない、長野県の佐久長聖高校に辿り着くところから、この物語は始まる。
 (中編に続く)