ポピンズ『妖精ポピンズ』が照らす“キラキラどポップ不在”の1986年春【スージー鈴木の週刊歌謡実話第31回】

おニャン子全盛期が奪った“キラキラどポップ”の居場所

’86年春。松田聖子は結婚して妊娠して休業。中森明菜は『DESIRE−情熱-』『ジプシー・クイーン』と大人っぽい方向に行っちゃった。そして何より4月8日、岡田有希子、衝撃の飛び降り自殺――。

「何だよ、キラキラどポップの東京に来たはずなのに、ぜんぜんキラキラどポップしてないじゃないか」という下宿生の気持ちに「♪ピピパピポ」が高らかに鳴り響いたのです。

というわけで私、ポピンズを推し始めたのでした(といってもレコード買って、部屋にポスター貼っただけでしたが)。

しかし彼女たちは不運でした。というのは「キラキラどポップアイドル」の空白を目掛けて、おニャン子クラブ勢がまさに猛威を振るっていたのですから。

フジサンケイグループが総力を結集したメディアミックスに対抗するには、漫才ブーム以降、ダウンタウン以前の吉本興業東京支社は、さすがに弱かったということでしょう。

その後のポピンズについて、あまり情報を持っていませんが、ほどなく解散したようです。おニャン子にぶつからないように、デビューがもうちょっと早ければ、「♪ピピパピポ」が日本中に鳴り響いたのに、とも思ったりもしました。

でも、ほどなく消えてしまった分、「♪ピピパピポ」を聴くと今でも、40年前の下宿のあのカビ臭い空気が思い出されるのです。「1986年春のキラキラどポップ」は永遠なのです。

「週刊実話」4月30日号より

スージー鈴木/音楽評論家

1966(昭和41)年、大阪府東大阪市出身。『9の音粋』(BAYFM)月曜パーソナリティーを務めるほか、『桑田佳祐論』(新潮新書)、『大人のブルーハーツ』(廣済堂出版)、『沢田研二の音楽を聴く1980―1985』(講談社)など著書多数。