「不毛の砂漠に水を撒くようなことをやってきた」“野球マンガ評論家”ツクイヨシヒサの狂気的な研究人生【死ぬ前にやっておくべきこと】

ラブコメから異世界転生まで取り込む懐の深さ

野球の世界にも、マンガの世界にもそれぞれ評論の土壌はある。しかしその中間にある「野球マンガ」という領域は、あまりにも大衆的であるがゆえに、誰も論じようとはしない。

ツクイはそこに異を唱えた。日本人が面白いと読んでいるもの。何よりツクイが愛してやまない野球マンガに、そのニーズがないはずがない。だからやる。それだけのことだった。

「自分の家の本棚には野球マンガが3100冊以上あるんだけど、別にコレクターじゃない。集めるだけなら、やる気とお金があれば誰だってできる。僕がやっているのは“そこから何を読み取るか”ということのほう。研究材料ですよ。もちろん僕より詳しい人が世の中にいるかもしれない。だけど、プロとして人生の時間を削ってやっているアホウな人間は、少なくとも僕は他に知らない」

ツクイの自宅には連載中の野球マンガが常時並び、単行本すべてに目を通す。少年誌、青年誌、ウェブ連載までチェックする。それを十数年間、一度も途切れさせていない。さらに今回の新刊に収録された野球マンガ年譜は、単行本化された作品のみならず、短期集中連載や読み切り作品までも網羅しようと試みた、おそらく世界で最も詳しい年表だという。

「結局、野球マンガってのは、野球マンガだけで成り立っているジャンルじゃないんですよ。熱血マンガから忍者マンガ、ラブコメ、不良マンガ…あらゆるジャンルの文法を取り込みながら発展してきた。『巨人の星』などの魔球は忍者マンガの術の系譜だし、あだち充先生はラブコメを野球に持ち込んだ。つまり、それだけ野球が日本人の生活に根づいていたからこそ、あらゆる物語の器になれたということなんです。アイドルと一緒でね、バンドが流行ろうが打ち込みが流行ろうが、アイドルは常にそれを取り込んで生き残る。野球マンガもそう。異世界転生が流行れば野球マンガだって転生する。そういう懐の深さがある。それなのに、この国は自分たちが持っている野球マンガという文化資産の価値を、一番分かっていないんですよ」

ツクイの語り口がいよいよ熱を帯びてきた。照れ屋のかっこつけが、好きなことを語るときだけは止まらなくなる。その姿はどこか、9回裏の打席で覚醒する不振の4番打者のような気配を漂わせる。そう。野球マンガという独りぼっちの砂漠に旗を立てた男の物語は、ここから始まるのだ。
 (中編へ続く)

「週刊実話」4月16日号より