1イニング3打席、13球団から勝利…プロ野球「ありえない記録」4選【球界“珍記録”列伝1】

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野球は「筋書きのないドラマ」とよく言われるが、試合中には「えっ!」と驚くような「記録」が生まれることもある。中には「何がどうなったらそうなるの?」と、ただただ首を傾げたくなるようなものも少なくない。今回は、そんな興味深い“珍記録”の数々を一挙にご紹介しよう。(2回中の1回)

●消滅球団を含む「13球団から勝利」を挙げた投手たち

プロ野球は、セ・リーグ6球団・パ・リーグ6球団、合わせて12球団のはず。小見出しの「13球団から勝利を挙げる」とはどういうことか、と首をかしげた方も多いだろう。
この不思議な記録は、2004年まで存在した「大阪近鉄バファローズ」がカギを握っている。近鉄は2004年限りで球団を解散し、翌2005年から「オリックス・バファローズ」となった。つまり、2004年以前に近鉄から勝ち星を挙げ、その後も長く現役を続けた投手であれば、通算12+近鉄で「13球団」から勝利を挙げることができたのだ。
この偉業を最初に達成したのが、2007年7月24日の巨人戦で勝利投手となった工藤公康氏(当時・横浜ベイスターズ所属)。続いて2012年に杉内俊哉氏、2014年には寺原隼人氏が達成し、現時点でこの記録の達成者は3人となっている。

●1イニングで3度打席が回ってきた選手

2006年の広島東洋カープ対千葉ロッテマリーンズの試合でも、珍しい出来事が起こった。千葉ロッテの大松尚逸選手が、この試合で1イニングに3度も打席が回ってきたのだ。プロ野球の試合をよく見ている方でも、なかなかお目にかかれない光景だろう。
試合は進み、6回裏のロッテの攻撃。この回のロッテは実に打者20人、15得点の猛攻撃。野球は9人が一巡すると先頭打者に戻るため、6回裏の先頭打者だった大松選手は3度目の打席に入ることになったのだ。
この試合はロッテファンには最高の思い出に、広島ファンには思い出したくもない一戦として語り継がれている。

●何が起こった? 対戦打者0人で勝利投手

投手は相手打者を抑えることで勝利投手の権利を得る。ところが、長いプロ野球の歴史の中には、対戦した打者がゼロなのに勝利を挙げた投手が存在する。
2000年7月2日の千葉ロッテマリーンズ対オリックス・ブルーウェーブ戦でのこと。8回裏のオリックスの攻撃で、小林雅英投手が暴投をしたが、3塁への進塁を試みたイチロー選手がタッチアウトになった。その直後の9回表にロッテが逆転したため、小林投手は「対戦打者0人」で勝利投手になるという“珍事”が生まれた。
ただ、こんなことは球史においても一度きりかと思いきや、同様の珍記録はセ・リーグでも起きている。
2012年5月3日のヤクルトスワローズ対阪神タイガース戦。1対1で迎えた8回表2死1塁の阪神の攻撃でマウンドに上がった久古健太郎投手が1塁走者をけん制してアウト。直後の8回裏にヤクルトが4点を勝ち越し、勝利したため、久古投手も「対戦打者0人」での勝利投手となった。

●プロ通算2501打席でホームラン0本! 岡田幸文の記録

プロ野球の試合で最も盛り上がる瞬間の一つといえば、ホームランだろう。一軍で活躍する選手のほとんどは多かれ少なかれ本塁打を記録しているが、プロ10年の現役生活を通じて1本もホームランを打たなかった選手がいる。
千葉ロッテマリーンズに所属していた岡田幸文選手だ。2009年に支配下登録され、2018年に引退するまでの10年間、プロ通算2501打席に立ちながら本塁打はゼロ。これはNPB史上初打席からの無本塁打記録として歴代1位の記録だ。
打撃面では目立った成績を残せなかったが、守備では才能が光った。広い守備範囲と見る者を魅了し、2011年・2012年と2年連続でゴールデングラブ賞を受賞。記録にも記憶にも残る名選手といえるだろう。

【球界“珍記録”列伝2】へ続く