【球界オフレコ武勇伝2】広島・古葉監督が「浩二を止めてくれ」 星野・広岡ら昭和名将の人には言えない裏話

監督が若手の“夜の世話”までリサーチ?

オープン戦も含め2カ月近く軟禁状態を強いられるキャンプでは、酒以上に問題だったのが選手の性欲だ。

落合博満がロッテオリオンズから中日ドラゴンズに移籍(’86年)し、話題沸騰だった星野仙一監督率いる宮崎・串間キャンプ。100人を超える報道陣が殺到し、さすがの星野も簡単に夜の街へ出歩けない状況だった。

そんなある日、筆者を見つけた星野がこっそり耳打ちしてきた。

「吉見、隣町の油津あたりでいい遊び場はないか?」

星野は酒を1滴も飲まないので目的はすぐ分かった。広島担当時代に油津を取材しており、口が堅くて気のいいママが経営するクラブを知っていたので、すぐに手配した。翌日、グラウンドで会った星野は苦笑いしながらこう言ってきた。

「おい吉見、店が終わってからママの家に行ってみたらよ、隣の部屋で中学生の娘と小学生の息子が川の字で寝てたぞ。さすがの俺も手が出せんかったわ!」

当時の監督たちはマネジメントの一環として、独身の若手が変な女に引っかからないよう安全に処理できる店をリサーチして紹介することすら行っていた。

遡れば、昭和のプロ野球界で「黒い交際」はよくある風景だった。黒い霧事件が発覚する以前は、春季キャンプ地の宿舎にその筋とすぐ分かるような輩が堂々と訪問し、選手たちと雀卓まで囲んでいたものだ。

3月5日からは侍ジャパンが参戦する『ワールド・ベースボール・クラシック』1次ラウンド(東京ドーム)が開幕する。大谷翔平、山本由伸ら絵に描いた“優等生プレーヤー”は時代の潮流かもしれない。

ただ、昭和のプロ野球界には人間臭くて魅力あるスターがゴロゴロいた。

【一部敬称略】取材・文/スポーツジャーナリスト吉見健明

『週刊実話』3月19日号より

吉見健明

1946年生まれ。スポーツニッポン新聞社大阪本社報道部(プロ野球担当&副部長)を経てフリーに。法政一高で田淵幸一と正捕手を争い、法大野球部では田淵、山本浩二らと苦楽を共にした。スポニチ時代は“南海・野村監督解任”などスクープを連発した名物記者。『参謀』(森繁和著、講談社)プロデュース。著書多数。