「これは騙し討ちだ」菊池事件・F氏が遺した最期の言葉。再審を阻んだ国家の冷徹な死刑執行

違憲を認めつつ再審拒否という「恥の上塗り」

憲法違反の特別法廷での審理について「確定判決の事実認定に誤認を来すとは認められない」と再審開始の理由にならないと断じたが、被告以外が予防衣を着用し火箸で証拠品をつまむ前述の異様な法廷風景や、国が全患者の強制隔離を目指して都道府県を競わせ、住民の密告すら奨励したハンセン病を取り巻く当時の世情への想像力が決定的に欠けている。

弁護団はまた、特別法廷の違憲性以外にも、凶器とされた短刀について「遺体に短刀では付けられない傷が複数ある」との新たな鑑定書や、F氏から犯行を打ち明けられたとする親族2人の供述の不自然さなど、有罪認定そのものへも疑問を呈したが、地裁はさしたる反論も示さないまま退けた。

違憲の法廷で裁かれたならば裁判をやり直すのが当然だが、まさしく結論ありき。かつて秘密裏にF氏への刑執行を着々と準備した司法権力の冷徹な妄執は、今回の判決にも脈々と受け継がれている。

特別法廷への謝罪を口にし違憲性を認めながら再審の扉を頑なに閉ざし続けるその姿勢は、ハンセン病というだけで患者を憲法の人権規定の枠外に置いた恥の上塗りと言うべきだ。菊池事件の弁護団は2月2日、判決を不服として福岡高裁へ即時抗告した。

菊池事件で特別法廷が置かれた菊池恵楓園では、1965年までに死亡した入所者のうち少なくとも389人の遺体が解剖されていたことが明らかになっている。

医学研究の名目で「解剖願(同意書)」を入所者から求めていた時期もあったとされる。2005年に全国の療養所で114体の胎児のホルマリン漬け標本が発見された事実も想起させる。

さらに一昨年、同園で第2次大戦中から戦後にかけて、旧陸軍が寒冷地での作戦用に開発中だった「虹波(こうは)」と呼ばれる薬剤が入所者に繰り返し投与されていた事実も判明した。激しい副作用や死亡例すら出たにもかかわらず、医師らは中止の判断を取らず「医療倫理の在り方に疑問が持たれる」と同園の報告書は指摘している。

他にも全国のハンセン病療養所には入所者女性への強制不妊や男性への強制断種、生まれた胎児の命を奪う強制堕胎などの記録も残る。治療法が確立した戦後も脈々と続く差別的な「絶対隔離」の中で放置された、数々の不条理。菊池事件はその極北である。

取材・文/岡本萬尋