STARTO「エスドラ」始動 エンタメの主導権が“電波”から“スマホ”へ動き出す

若者の視聴行動が“テレビ終焉”を裏付ける

今回のSTARTOの動きがテレビ局にとって致命的なのは、若年層の視聴時間を物理的に奪うという点だ。縦型ショートドラマは、通学中や休憩中、家事の合間など、テレビが入り込めない隙間時間を完全に支配する。

総務省の2025年調査でも、10代のテレビ視聴時間は過去最低を記録し、ネット利用時間はテレビの2倍以上に達している。

こうした数字が積み重なった結果、ヤフコメやSNSではすでに「テレビは終わりに向かっている」「テレビ離れはもう戻らない」という認識が一般層にまで浸透している。

つまり、テレビ終焉は“予測”ではなく“社会の空気”になりつつある。

テレビ局への冷ややかな視線と、STARTOの“本気”

今回のニュースのコメント欄には、テレビ局への冷ややかな視線がはっきりと刻まれている。

性加害問題での手のひら返し、どの局も似たようなひな壇バラエティーばかりという企画の画一化、新しい挑戦が生まれない制作体制――こうした批判はもはや一部の声ではなく、テレビ局が“時代の変化に対応できていない”という認識が一般層にまで広がっている。

その一方で、STARTOは映画人と組み、“テレビでは作れないクオリティー”をYouTubeで無料公開する。この対比はあまりにも残酷だ。

主役はテレビではなく“スマホ”へ

STARTOの「エスドラ」参入は、エンタメの主導権が完全に“電波”から“コンテンツ”へ移ったことを象徴している。テレビ局が持つ最大の武器だった“電波”は、もはや若者にとって価値を失いつつある。

一方、STARTOは自前の制作、自前の配信、自前のファンコミュニティーを手にしつつある。これは、かつての芸能界では考えられなかった“地殻変動”だ。

「エスドラ」の開始は、地上波独占時代の終焉を告げる最も鮮やかな合図になるかもしれない。テレビが終わるのではない。テレビが“主役ではなくなる”時代が、ついに始まったのだ。