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『決定版 日本の喜劇人』(新潮社:小林信彦 3960円)~本好きのリビドー/悦楽の1冊

『決定版 日本の喜劇人』(新潮社:小林信彦 3960円)~本好きのリビドー/悦楽の1冊 
『決定版 日本の喜劇人』(新潮社:小林信彦 3960円)

いまや新作が封切られるたびに、急いで褒めてみせるのが己れを通に見せる文化的ステータスかの如きウディ・アレン監督や、お堅い映画でひたすらシリアスな演技ばかりが印象に残る大スター、トム・ハンクス。もともと彼らの出自が舞台のスタンダップ・コメディアンだった過去を知る客層は、加速度的に減少する一方だ。

私事で恐縮だが、元新聞記者の亡父から繰り返し聞かされたのは、かつて取材した際の森繁久彌の凄味。宴席で上機嫌になると、五族協和を掲げた戦前の満洲国、その首都の街頭で躍起になって品物を捌く商人たちの様子を、中・朝・露・蒙の各国語でそれぞれ売り声を再現してのけたそうで「タモリの4カ国語麻雀や藤村有弘のインチキ外国語の歌真似など、足元にも及ばぬ」業前だったとか。文化勲章までもらったただの名優、で片付けちゃいけない、エンターテイナーのはず。

必須文献として熟読すべき

誰が言い出した区分かは知らねど、「お笑い第7世代」という呼称には抵抗と違和感しか覚えない。だいたいそも第1世代とはどなた方を指すのか真顔で聞けば、ドリフやコント55号、てんぷくトリオに林家三平などと答えが返ってきて天を仰ぐ他ない。ならば榎本健一は? 古川緑波は? 古今亭志ん生や柳家金語楼は? まさか、お笑い紀元前とでも括るつもりなのか?

笑芸人になるための養成所や学校こそ依然花盛りなものの、授業科目にどうやら「歴史」の観念はないらしい。その点、初版刊行いらい半世紀のあいだ名著の定評を維持し続けた本書を、まずは基礎中の必須文献として熟読すべきだろう。著者との個人的関わりも含めクレージーキャッツ(中でも植木等)、渥美清を記す章が今なお読み応え抜群。

(居島一平/芸人)