横山秀夫『64』のモデルとなった誘拐事件! 緊迫の身代金要求と家族が聞いた被害児童の最後の肉声の謎

「おまわりさんといっしょ」の意味は?

事件が起きたのは1987(昭和62)年9月14日。この日の夕方、群馬県高崎市の住宅街からひとりの男の子の姿が消えた。当時5歳の幼稚園児、荻原功明ちゃん。2日後、功明ちゃんは同市内を流れる碓氷川の支流、寺沢川で全裸遺体となって発見された。

功明ちゃんは事件当日、午後4時50分に自宅斜め前の神社に遊びに出かけている。いつもは家族の誰かと一緒に外出するのが常だったが、この日に限ってひとりだったという。

同居する祖母が神社前を通りかかり、功明ちゃんの姿が見えないことに気づいたのが午後5時過ぎ。その間およそ10分、自宅から神社まではわずか15メートル。何者かが、夕暮れのほんの一瞬の空白を衝いて功明ちゃんを連れ去ったことになる。

近所の住人が神社入り口を塞ぐように停まっていた、見慣れぬ白い車を目撃したとの情報もあった。

犯人からは、その日の午後6時42分に荻原さん宅に身代金2000万円を要求する電話がかかる。そして午後8時3分、3回目の電話に功明ちゃんが出た。

功明ちゃん「お父さん」

父親「お父さんだよ、元気?」

功明ちゃん「元気」

父親「どうしてるの?」

功明ちゃん「これから帰るよ」

父親「もしもし、どこにいるの? どこからかけてるの? おうち? どこのおうち?」

功明ちゃん「おまわりさんといっしょ」

父親「おまわりさん? よしくん、よしくん……」

結果としてこれが、家族が聞いた最後の肉声となった。

同時に、功明ちゃんの最後の一言「おまわりさんと一緒」が大きな謎を残すことになる。これは疑問形なのか、そうではないのか。即ち「一緒?」と父親に尋ねたのであれば荻原さん宅に警察がいるのかを聞くよう犯人に命じられた可能性が高く、そうでなければ功明ちゃんの傍らに警官とおぼしき人間がいたことになる。

前者と思った父親が答えあぐねているうちに電話は切れ、その意味次第で事件の構図が一変する言葉の謎は今なお解明されていない。(一部敬称略)

功明ちゃん事件の闇・後編】に続く

取材・文/岡本萬尋