サカナクション・山口一郎の一言がキッカケでアジア放浪「恨みは感謝へ変わりました」

『カトマンズに飛ばされて 旅嫌いな僕のアジア10カ国激闘日記』幻冬舎 /1,800円(本体価格)
『カトマンズに飛ばされて 旅嫌いな僕のアジア10カ国激闘日記』著者:古舘佑太郎(ふるたち・ゆうたろう)
1991年4月5日生まれ。東京都出身。2008年、バンド『The SALOVERS』を結成。'15年3月、同バンドの無期限活動休止後、ソロ活動を開始。俳優としては、'14年、映画『日々ロック』でデビューした。

サカナクション・山口一郎「よし、カトマンズに行け!」

――アジア9カ国を旅するきっかけはなんだったのですか?
古舘「19歳のときに『The SALOVERS』というバンドでメジャーデビューし、10年以上ミュージシャンという職業にしがみついてきました。
32歳のとき、2度目に結成したバンド『THE 2』が解散。長年、僕の活動を応援してくれて、バンドのプロデューサーでもあった『サカナクション』山口一郎さんにその旨を伝えに行くと、一言目に『よし、カトマンズに行け!』と言われました。
僕は、極度の神経質、潔癖症で虫嫌いのせっかちビビり人間。旅なんて大嫌い! と必死に断りましたが、旅の資金を渡され、半ば強制的に異国の地へ放り出されたのです」

――書籍の基になったのは、旅の道中を記録した2カ月間の日記でした。
古舘「最初の国、タイに着くなり僕は人生初めての過呼吸に陥り、道にへたり込みました。
これから60日間、異国の町で頼りないリュックサックを背負った一人ぼっちの僕。すべてが恐怖となり襲いかかってきました。
その晩から悲痛の叫びをノートに書き殴るようになりました。一郎さんへの恨みも(笑)。『なぜ、俺をこんなところに飛ばしたんだ!』と、まるで呪うようにペンを走らせました。
少しずつ自分のことを客観的に眺められるようになり、次第に一郎さんがなぜ僕をアジアに飛ばしたのかを理解し始め、恨みは感謝へと変わっていきました」

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ゴキブリまみれの夜行列車にぼったくりリキシャ

――一番苦労したことは?
古舘「移動です。2カ月で9カ国、そのほとんどが陸路だったので過酷でした。
ベトナムからラオスへの30時間の寝台バス、ゴキブリまみれのインドの夜行列車、猛スピードで渋滞に突っ込んでいくノーヘルバイクタクシーや、ぼったくりのオートリキシャ乗り。
毎日、汗だくでアジアを駆けずり回っておりました」

――特に印象に残っている国は?
古舘「タイです。最初に訪れたあと、ぐるっとアジアを一周回ってスリランカからまた戻ってきました。
2カ月前は、過呼吸で道にへたり込んでいた僕が、今では髭ボーボー、肌は真っ黒に焼け、靴はボロボロ、いかにもワイルドな旅人になっていたのです。
口笛を吹きながらバンコクを歩いている自分に衝撃を受けました。気づかない間に、僕は強くなっていたんだ! と誇らしくなりました。
ずっと自己肯定感の低かった僕が、この旅で僕自身を少し好きになれたのです」

(聞き手/程原ケン)

「週刊実話」10月16日号より