西城秀樹『ラストシーン』はいけ好かないガキだった私に「大人の階段」を見せつけた神曲

許されない年上女性との愛の詞が秀逸

ちなみに『時の過ぎゆくままに』も作詞が阿久悠で、そして歌詞のテーマは2曲とも、年上女性との許されない愛(おそらく女性は既婚者)なのです。

でも先にサウンド面の話をすると、三木たかしの才能が横溢。その後、彼が世に問う岩崎宏美『思秋期』(’77年)、テレサ・テン『時の流れに身をまかせ』(’86年)同様、まさに時代を超えて古びない「美メロ」。

また、前年のヒットである10㏄『アイム・ノット・イン・ラブ』みを感じさせるイントロのシンセサイザーが実にいい。

ですが、ここはやはり阿久悠の歌詞でしょう。許されない愛の相手である年上女性から年下男性(つまりは西城秀樹)にかける言葉として―「ありがとう しあわせだったわ 一緒に歩けなくてごめんなさい」。この「歩けなくて」の切なさたるや!

対して年下男性は「あたたかい春の陽ざしの中で 熱があるように ぼくはふるえてた」。

当時21歳の西城秀樹が大人との別れにふるえる歌を聴きながら、当時10歳のいけ好かないガキだった私も、大人への階段を見上げてふるえたものでした。

そして。この曲から42年経った2018年、西城秀樹逝去。享年63。今度はその早過ぎた「ラストシーン」を知って、私はふるえることになるのです。

「週刊実話」10月16日号より

スージー鈴木

音楽評論家。1966年(昭和41年)、大阪府東大阪市出身。『9の音粋』(BAYFM)月曜パーソナリティーを務めるほか、『桑田佳祐論』(新潮新書)、『大人のブルーハーツ』(廣済堂出版)、『沢田研二の音楽を聴く1980―1985』(講談社)など著書多数。