「古き良き昭和の競馬を伝えたい」元騎手で元調教師・小島太氏の記憶に強く残っているダービー

『賞賛と罵声と』講談社/1,500円(本体価格)
『賞賛と罵声と』著者:小島太(こじま・ふとし)
1947年、北海道生まれ。日本中央競馬会(JRA)に所属していた元騎手、元調教師、競馬評論家。'66年に騎手デビュー。サクラショウリ、サクラチヨノオーにより日本ダービーを2度制覇。'97年より調教師に転身し、騎手と調教師を合わせて通算1500勝を達成した。

武豊騎手は「まだまだ勝ちますよ」

――本書ではステージ4の肺がんの治療を続けていることを告白しています。
小島「肺にがんが見つかったのは2023年でした。治療は大変で、しんどい思いもしましたが、その中で私と同じように苦しんでいる人、同世代で他の病気と闘っている人の存在を知りました。少しでも励みになればという思いで公表することにしました」

――強く記憶に残っているダービーは?
小島「ジョッキーで2度勝たせてもらいましたが、1978年に初めてサクラショウリで勝ったときは、追っても追ってもゴール板が遠のいていくような錯覚に陥りました。あんな不思議な感覚は初めてでしたね。
勝利が確定したときは、喜びより安堵の方が大きかったです。最近のレースではドウデュース(’22年)ですね。
武豊騎手の素晴らしい騎乗が強く印象に残っています。前人未踏のダービー6勝目を手にしましたが、彼はまだまだ勝ちますよ」

「岡部騎手が調教用ブーツを使ってくれていたのはうれしかった」

――『賞賛と罵声と』というタイトルですが、どんな声があったのですか?
小島「今でもファンやジョッキー仲間、競馬関係者からお褒めの言葉をいただくのは、’95年の天皇賞・秋ですね。
サクラチトセオーでほぼ最後方からまとめて差し切ったのですが、馬とのリズム、スパートをかけるタイミングと完璧でした。直線の伸びは本当に素晴らしかったですし結果はハナ差でしたが、私の中ではもっと差をつけて楽々と勝っている感覚でした。
罵声についてはあまり思い出したくないのですが(苦笑)、特に距離が近いパドックでの野次はこたえましたね。
負けたレースのことをネチネチと言われることが多かったですし、騎手も人間ですから、カッとくることも落ち込むこともありました」

――岡部幸雄元騎手、ランフランコ・デットーリ騎手とのエピソードも好評です。
小島「本に書ききれなかった話では、岡部騎手がデビューして間もない頃、プレゼントした調教用のブーツをずっと大事に使ってくれていたのはうれしかったですね。
デットーリ騎手は初めてレースを見たときからレベルが違いました。後に世界一の騎手といわれる技術は最初から備えていました。
この本は、今の競馬しか知らない人に、古き良き昭和の競馬を伝えたいという気持ちから執筆しました。たくさんの方に読んでいただけているようで、ありがたい限りです。
今後も病気と上手く付き合いながら、競馬の盛り上がりに貢献していければと思っています」

聞き手/程原ケン

「週刊実話」7月24・31日合併号より

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