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コメディアン・谷啓“対局中に生まれた「ガチョーン」”~灘麻太郎『昭和麻雀群像伝』

コメディアン・谷啓“対局中に生まれた「ガチョーン」”~灘麻太郎『昭和麻雀群像伝』
(画像)Isaiah Fainberg / shutterstock

植木等の「お呼びでない」、ハナ肇の「アッと驚く為五郎」と並ぶクレイジーキャッツ全盛時のギャグに、谷啓の「ガチョーン」がある。

開いた右手を手前に引くようにして、「ガチョーン」の掛け声とともに右手を閉じる。谷オリジナルの中でもっとも息の長いギャグだが、実はコレ、麻雀から生まれたものだ。

好牌をツモってきたとき、あるいは他家の大きな手に振り込んだときに、思わず「ガチョーン」と叫んだのが始まりだという。

多芸多才のメンバーがそろったクレイジーキャッツにあって、音楽性とギャグセンスにおいては谷が頭抜けていた。

トロンボーン奏者としての腕前は、戦後日本のジャズ文化をリードした音楽雑誌『スイングジャーナル』誌上で上位にランキングされるほどで、トロンボーンのスライドを足で動かして吹くなどのコミカルな演奏は、谷の実力に裏打ちされたものであった。

ギャグに関して言えば、シャイな性格にもかかわらず、なんでも笑いのネタにしなければ気が済まない性分。当時、大量に上映されたアメリカのコメディー映画に夢中になっていたこともあり、ステージにおけるギャグも谷の考案によるものが多かった。

ちなみに、コントのオチで全員が崩れ落ちるときに使われる「ハラホロヒレハレ」を最初に発したのは谷で、擬音ギャグには他に「ビローン」や「ムヒョー」が有名だ。また、金だらいを使用したギャグや悪人を表す際の頬の大きな十字傷、極端に目が悪いことを表すための牛乳瓶の底のようなメガネなども、谷のアイデアだといわれる。

ウケるためなら役満放銃もいとわない

1969年1月、当時、谷が住んでいた東京・三鷹の家が火事に見舞われた。サイレンを鳴らして消防車が次々と集まり、近所の人たちは谷邸の周囲を黒山のように取り囲む。

すると、その中に自慢気な谷の姿があった。

「みなさん、すごい火事でしょ? 燃えているのは私の家なんですよ」

そのうち知人が火事見舞いに来るから、何かしていないとシャレにならない。そう考えた谷は、ずぶ濡れになった麻雀用具一式をたき火で乾かし、借りてきたテントを張ると、無理やりメンバーを集めて麻雀を打ち始めた。

いかりや長介が現場に駆けつけたところ、テントの中から陽気なポン、チーの声が聞こえてくる。それを見て「ダメだ、こりゃ…」と言ったかどうか。

クレイジーキャッツのメンバーは全員麻雀を打つが、勝ち負け度外視でサービス精神を発揮するのは谷だけである。

テンパイすると、踏切の形をしている卓上ライターで煙草に火をつける。ライターからはチンチンという音が聞こえ、相手に危険信号であることを知らせる。

この行為が自分に不利なことは百も承知。テンパイと同時に鳴り始めるライターの音に、ほかの3人がどのような反応を見せるのか、それを知りたいがためにわざわざテンパイを告知するのだ。

とにかくウケるためなら、役満放銃もいとわない。

誰かが中と緑発をポンすると、谷啓はすかさず白を切る。その瞬間は、もちろん緊張するものだが、各人それぞれの表情見たさに、あえて危険牌を捨てるのである。

無事に通れば、みんなが同時にスリルを味わったという満足感が残る。運悪く役満を振り込むことになっても、「ガチョーン」と一声発すれば、その場の笑いが取れる。

勝負麻雀で見せた真の実力

麻雀に関する谷のエピソードは尽きない。

絶体絶命の危険牌を切るときには、わざわざ牌を紙に包んで卓の上にそっと置く。すると「ちょっと待って」と言い残して席をはずし、近くの公衆電話から連絡を入れてくる。

そして、電話を受けた者に紙を広げてもらい、幸いにしてロン牌でなければ、すぐに戻ってきてゲームを再開する。逆に当たっていれば、そのまま姿を消してしまう…。

しかし、これは親しい仲間内での麻雀で、谷が勝負麻雀を打てないわけではない。その昔、麻雀専門誌の企画で小池一夫(劇画『子連れ狼』の原作者)と谷啓の真剣勝負が行われたことがあった(他のメンツは若手プロ2人)。

取材当日、約束の時間より40分前にやって来た谷は、「実を言うとね、しばらく牌を握ってなかったので女房相手にトレーニングをしてきたんだ」と、珍しく真顔で語っていた。

小池も20分前に現れ、半荘2回戦と決まり勝負開始。1回戦目は小池の勝ちで終わった。2回戦目の南場3局、配牌を取り終わった親の小池が、「あれっ、これアガっているかな」と言ってダブルリーチに出た。

北家の谷は、親にアガられては負けとばかり強気に攻めた。ドラの一筒を暗刻、四萬も暗刻にして、一萬と北のシャンポン待ちテンパイ、6巡目にドラ筋の四筒を切り飛ばし、追いかけリーチ。高目、北ツモなら倍満の手である。

小池の待ちはダブルリーチだけで一四萬。私は追う強みで谷が勝つと見ていたが、4巡後、南家のプロが「ツモ!」と手をひらき、500点、1000点のアガり。

一流プロの場合、こうしたケースでは2人の勝負の邪魔はしない。打ち込まないようにしながら、勝負は2人に任せるのが常道…それはともかく、谷も勝負麻雀はそれなりに強いという一局であった。

(文中敬称略)

谷啓(たに・けい)
1932年2月22日生まれ~2010年9月11日没。高校時代に音楽活動を始めトロンボーンを担当。56年にハナ肇とキューバンキャッツ(のちのクレイジーキャッツ)に加入し、多彩な演奏とギャグでお茶の間の人気を博す。

灘麻太郎(なだ・あさたろう)
北海道札幌市出身。大学卒業後、北海道を皮切りに南は沖縄まで、7年間にわたり全国各地を麻雀放浪。その鋭い打ち筋から「カミソリ灘」の異名を持つ。第1期プロ名人位、第2期雀聖位をはじめ数々のタイトルを獲得。日本プロ麻雀連盟名誉会長。

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