介護とソープを繋ぐのは「誰かを洗う」というキーワード 映画『うぉっしゅ』中尾有伽&研ナオコの演技にも注目

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【やくみつるのシネマ小言主義 第276回】
『うぉっしゅ』
ソープ店で働く加那(中尾有伽)は、母親から一週間だけ認知症の祖母の紀江(研ナオコ)の介護を頼まれる。祖母は孫の名前すら覚えていない状態のため、会うたびに初対面のようなやりとりを繰り返す。どうせ話をしても忘れてしまう祖母に、親には隠している仕事のことを自由に打ち明けられることに気付いた加那は、そこから徐々に祖母との心の距離が縮まっていき…。

映画を最も面白くしているのは主人の中尾有伽

介護とソープ。二つの職務を「誰かを洗う」というキーワードで繋げることから始まった本作。

パンフレットによると、監督自身、どう広がるか分からないまま、「忘れ去られる存在」→「孤独」へと、次々と連想をして肉付けしていったそうです。

一般的に、認知症患者といえば「色々なことを忘れる」方にフォーカスしがちですが、会っている間だけ心配され、離れた瞬間「忘れ去られる存在」であったことに気付く。

それは、監督自身が施設に入っている祖母の存在を普段は「忘れていた」ことにハッとした経験から導き出したらしい。

一方、ソープ嬢への取材を重ねていくほどに、常連客から今にも身受けしそうなほど惚れられているようで、実は一時的な気慰みのために扱われ、部屋を一歩出たら「忘れ去られる存在」じゃないかと気付く。

介護老人もソープ嬢も、現代に生きる我々もまた抱える「孤独」という共通点を見出す着想がうまくハマっていると思いました。

この映画を最も面白くしているのは、着想もさることながらソープ嬢の主人公を演じている中尾有伽です。

男衆なら誰もが惚れてしまうだろうなと感じる、いい子に描かれているんですよ。

ソープ嬢なんて、すれっからしじゃないかなどと先入観がある中、実に心根が優しい子。そうじゃないと、いくら母親の頼みとはいえ認知症の祖母の介護を1週間も身代わりできません。

研ナオコの老婆姿が秀逸!

自分が特に気に入ったシーンは、何度顔を合わせても「初めまして」と言われてしまうのに、祖母の家の埃をハンドモップで何気なく取ってやっているシーン。

自分の部屋は家政婦も手を焼くほどの汚部屋なのに…。現代っ子らしくドライに見えて、心根は違うところをさりげなく表現しています。

今後、注目株の女優さんじゃないですかね。

そして要注目といえば、なんといってもW主演の研ナオコ。40年くらい前の『カックラキン大放送!!』(日本テレビ系)の老婆が、見事に本物となって登場。

死相が出ているんじゃないかと思うほど、振り切ったスッピンを晒しています。

今は認知症を患う老人でも、かつては華やかに輝いていた時代もあった。

そんな役どころを見事に演じ切っています。ベタではありますが、共感してしまいます。

自分の両親は他界してしまいましたが、こういう映画を見ていたら、もっと違う接し方があったのではないかと。

自分もまた、施設の外に出た瞬間、親を「忘れていた」のだと気付かされました。

うぉっしゅ
監督:岡﨑育之介 
出演:中尾有伽、研ナオコ、中川ゆかり、西堀文、嶋佐和也、髙木直子、赤間麻里子、磯西真喜 
配給:ナカチカピクチャーズ 
5月2日(金)新宿ピカデリー/シネスイッチ銀座ほか全国公開

「週刊実話」5月1日号より

やくみつる

漫画家。新聞・雑誌に数多くの連載を持つ他、TV等のコメンテーターとしてもマルチに活躍。