“閉館した映画館”自身が記憶をたどる物語『BAUS 映画から船出した映画館』【やくみつるのシネマ小言主義第273回】

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2022年3月に亡くなった映画監督の青山真治さんが温めていた脚本を、愛弟子だった甫木元空監督が撮った本作。90年間、東京・吉祥寺で文化の発信基地となっていた映画館の生い立ちから閉館までのエピソードを紡いでいます。

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染谷将太、峯田和伸、光石研、鈴木慶一、夏帆など、芸達者な役者陣が揃っていますが、何といっても主役は「映画館」そのものです。

『井の頭会館』、『ムサシノ映画劇場』、『吉祥寺バウスシアター』と名前を変えながら、いかに生まれ、引き継がれていったか。

まるで映画館自身が関わってくれた人々の思い出を断片的に思い起こしながら、90年にわたる長い半生をポツリポツリと語っているかのよう。

活弁士が活躍するサイレント映画時代からトーキーに。戦争を経て、映画上映だけでなく演劇・音楽・落語など何でもありの文化空間へ。

そして2014年、ついに命が尽きる。

過ぎ去ってしまえば、一夜の夢。走馬灯のような物語にドラマチックな盛り上がりはありません。

関わった人々もいつの間にか亡くなって、入れ替わっていきます。

記憶なんていい加減なものですよね。

長ければ長いほど平準化されて、まっ平になる。

ディティールだって曖昧になります。

今どき、CGでいくらでもリアルに再現できるところを、一番古い『井の頭会館』のセットはハリボテのようで、まるで紙芝居の1枚です。

人生を振り返ったらこんな感じ

翻って、自分が今はの際で人生を振り返ったら、おそらくこんな感じなんだろうなと思って見ました。

渦中にいるときは、荒波に翻弄された気がするけれども、後になってみれば記憶の断片の連なりに過ぎないんですよね。

あまりに淡々と描かれた本作なので、つい自分は食い足りなく思ってしまいましたが、「回想録」だから必然なのでした。

とはいえ、この映画館はただの「場所」じゃありません。

スクリーンに映し出された数々の映画作品の中にも、それを見た1人1人にも、それぞれの感情が渦巻く特別な場所です。

自分とは違い、在りし日の『吉祥寺バウスシアター』に思い入れのある人が本作を見たら、おそらく別の感慨が湧き上がることでしょう。

同じ映画館でも、今のシネコンに人それぞれ違う感情を抱けるかというと、ちょっと違うと思います。

昭和の映画館には、列に並んでチケットを買ったり、入り口に「もぎり」がいたり。タイパ重視の現代では、ムダと切り捨てられたところに余情が生まれていたんですね。

BAUS 映画から船出した映画館
監督:甫木元空
出演:染谷将太、峯田和伸、夏帆
配給:コピアポア・フィルム、boid
※3月21日(金)より、テアトル新宿ほか全国ロードショー

映画上映をはじめ、演劇や音楽、落語などを展開し、惜しまれながらも2014年に閉館した吉祥寺バウスシアター。1927年、活動写真に魅了されて青森から上京してきた兄弟・ハジメ(峯田和伸)とサネオ(染谷将太)は、吉祥寺初の映画館・井の頭会館で働き始める。多くの人々に娯楽を届け、愛される劇場を目指し、兄・ハジメが活弁士、弟・サネオが社長として日々奮闘するが、戦争の足音が迫っていた。

「週刊実話」3月20日号より

やくみつる

漫画家。新聞・雑誌に数多くの連載を持つ他、TV等のコメンテーターとしてもマルチに活躍。