
3年間のOL生活を経て1963年、日活ニューフェイスに合格。7期生としてデビューした山本陽子は、浅丘ルリ子、芦川いづみ、吉永小百合、和泉雅子らに次ぐスター候補生だったが、いまひとつ芽が出なかった。
男性向けアクション映画主体の日活では、彼女の知的で清楚な個性は活かされず、活動の場をテレビに移すと、これが大成功。65年には森繁久弥主演の人気シリーズ『七人の孫』(TBS系)で、一挙にお茶の間の注目を集めた。
はつらつとした女性像が彼女の個性とマッチし、メロドラマから時代物、ホームドラマからサスペンスまで、幅広いジャンルにわたる活躍でブラウン管に存在感をアピールしていく。
山本は恋多き女としてもマスコミをにぎわせたが、その素顔は女優のイメージとはかけ離れている。熱狂的なカーマニアで、これまでに相当数の外車を乗りこなしてきた。
和服の似合う日本女性の典型として確固たるイメージを築いているが、普段は有名女優とは思えないほど活動的で、ある種の男っぽさがある。
そんな彼女の意外な趣味が、牌を握ったらやめられないほど大好きな麻雀である。そうと聞いて驚かれる読者も少なくないと思うが、日活時代に覚えた麻雀は、女優キャリアを積むにつれて円熟味を増し、女性芸能人の中でもトップクラスの打ち手に成長した。
山本の特徴は、まず左利きであること。しなやかに伸ばした左腕、細い指先で牌を引いてくる一連の動作は、絵に描いたように美しい。女優だから当然ではないか、そんな声が聞かれそうだが、女優だからといって麻雀を打つ姿も絵になるとは限らない。
むしろスクリーンやブラウン管からは、想像できないほどの醜態をさらけ出す人もいる。あぐらをかいてイスに座り、くわえたばこで摸打を繰り返す。アガれば有頂天になって喜びをあらわにし、打ち込めば大げさに声を張り上げる。
「麻雀も人の和が大切なのよ」
山本は底抜けに明るく、陽気な声を出しながら、楽しんで打つ。しかし、すべてに上品だから、一緒に卓を囲んだ連中の心をなごませる。切り方をミスすると「私、本当に下手よね」と自己反省し、謙虚に自分の失敗を認める。
勝っても決して驕らず、「今日はツイてたのよ~」と控えめに喜びを漏らす。実力はもちろんだが、山本の雀風には多分に感心することが多いのだ。
山本は作家の宇野千代に大変かわいがられ、宇野の代表作である『おはん』や『生きて行く私』を当たり役として舞台をこなしている。宇野も相当な麻雀好きで、山本は生前に何度となく卓を囲んでいる。
「宇野先生には麻雀を通して、いろいろなことを教えていただきました。先生はいつも『麻雀も人の和が大切なのよ』って…」
彼女のしなやかな雀風は、宇野譲りなのかもしれない。
私が初めて山本に出会ったのは、もう30年ぐらい前、あいさつもそこそこに矢継ぎ早に質問をされ、本当に麻雀が好きな人だという印象を受けた。
山本「麻雀にはイカサマがあると聞いたんですが、本当ですか?」
灘「分かりました。ご覧に入れましょう」
そこで、東京・有楽町にある知り合いの麻雀荘に案内し、対面に座して技を披露した。
灘「千鳥積みはツモによって手役をつくる。積み方がこれです」
と言って、端から1枚おきに大三元になるように積んでみせた。
山本「夢見てるみたい…」
灘「六幢積み、これは配牌での手役づくりで、小四喜になるよう積んでみました。大別すると、積み込みはこの2種類なんです」
山本「感動したわ。今日は本当にすごい技を見せていただいて…」
そんなことから山本と懇意になったが、彼女は紛糾する手をよくアガる。
狙った勝負手を最後まで押し通す山本流
東場4局、親の山本が配牌を持ったまま、なかなか切って出ない。これにじれて下家が言い放った。
「親が切らなきゃ、ゲームが始まらんぞ。らしくないな、考え込むなんて」
「ごめんなさい、切る牌がないの。思いきってカンするわ」
こう言って山本は北を4枚開くと、すっと嶺上に手を伸ばした。
「うわぁ、すごい。天和アガっちゃった!」
嶺上から七萬を引き、喜び勇んで手を開く。
下家「なんだ、そんなの嶺上開花だけの手だよ」
陽子「だって私、まだ1枚も切ってないんだから、これって天和でしょ。いや、嶺上開花の天和だから、むしろ天和より大きな役よ」
黙ってこの光景を見ていたが、私の存在に気づいた2人は意見を求めてきた。
灘「天和は親が配牌のまま14枚でアガった形を言う。だから、最初の配牌に暗カンがあって、開カンしてアガっても天和にならず、面前の嶺上開花だけだよ」
私の説明で渋々納得した山本だったが、その後の攻めがすごかった…。
東場4局1本場の東家、6巡目、3枚ある中を切り出してリーチ。手の内には萬子、筒子が六、七、八とそろっており、索子が七、八とある。
打ち手によっては七索か八索を切り、手変わりを待つことも多いが、山本流は不確実でも狙った勝負手を最後まで押し通すという打法で、高目の六索を3巡後にツモって親満。引きの強さも麻雀の天分ではある。
(文中敬称略)
山本陽子(やまもと・ようこ)
1942(昭和17)年3月17日生まれ。証券会社のOLを経て、63年に日活第7期ニューフェイスとして芸能界入り。翌年に銀幕デビュー。65年以降はテレビ出演が相次ぎ、高視聴率女優の地位を確立した。舞台でも活躍。
灘麻太郎(なだ・あさたろう)
北海道札幌市出身。大学卒業後、北海道を皮切りに南は沖縄まで、7年間にわたり全国各地を麻雀放浪。その鋭い打ち筋から「カミソリ灘」の異名を持つ。第1期プロ名人位、第2期雀聖位をはじめ数々のタイトルを獲得。日本プロ麻雀連盟名誉会長。
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