“イランのリアル”を描いた『聖なるイチジクの種』は予測不能のサスペンススリラー【やくみつるのシネマ小言主義第272回】

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「監督生命を懸けて」という言い方がありますが、本作の場合、それが比喩でもなんでもない。

監督、俳優、カメラマン、音響技師など、本作関係者全員がイラン・イスラーム政府から厳しい弾圧を受けているそうです。

ラスロフ監督に至っては、政府の意に沿わない映画製作の罪で禁錮8年の刑が確定。監督だけは母国イランを脱出できたものの、主役を演じた役者たちは出国を禁止され、本作が出品された数々の国際映画祭には参加できなかったそうです。

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米国から「悪の枢軸国」呼ばわりされ、国際的に経済制裁されているイランで何が起きているか、我々にはなかなか伝わってきません。

現実には、ヒジャーブと言われる顔や髪を隠すスカーフの強制に反対し続けた女性の不審死をきっかけに、市民の政府抗議運動が起きているらしい。

そうした社会情勢を背景に、まさに命を懸けて、「今、イランで起きていること」を世界に向けて突き付けた本作です。

しかし、単なる告発映画ではありません。

真犯人を捜すサスペンス要素や母娘の絆、さらにはハリウッド映画まがいのカーチェイスなど、エンターテインメントの要素も盛り込んで、いろんな角度から味わえます。

チラシに書かれた「衝撃の問題作、ついに公開!」という通常ならベタな惹句が、実に的確に感じます。

我々が当たり前のように享受している「表現の自由」がいかに有り難いものか。

こんな思いをしてまで映画を作る人たちがいるんだという事実に打ち震えます。

本編のドラマの間には、暴動に走る市民が次々と捕まえられるショート動画が数多く挟まれます。

あれらは、おそらく現実に起きている暴動をスマホで撮影しているのだと思いますが、そのおかげでドラマの部分までドキュメンタリーに思えてくる。

その演出だけでも、この監督、相当に腹が据わっていますよね。

食卓のコーラやおしゃれする女性も見どころ

15年ほど前になりますが、自分はイランに行ったことがあります。

秘密警察に怯えながらも、体制が求めるイデオロギーに反しなければ、人々は普通にレベルの高い生活を営んでいました。

例えば、イランの人たちって米国製品のコカコーラが大好きなんですよね。

本作の中でも、意図的に食卓に出しているなと。

また、本来なら隠すべき室内での女性のおしゃれも、映画の中で見せている。

内実は西洋とボーダーレスなところが興味深いです。

実は、久しぶりにサウジアラビアに行く予定なので、自分の中での中東観をアップデートしてくるつもりです。

聖なるイチジクの種
監督・脚本:モハマド・ラスロフ
出演:ミシャク・ザラ、ソヘイラ・ゴレスターニ、マフサ・ロスタミ、セターレ・マレキ
配給:ギャガ 2月14日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開

テヘランで妻や2人の娘と暮らすイマンは、念願だった予審判事への昇進を喜ぶが、仕事内容の実態は反政府デモの逮捕者を不当に処罰するのが主な業務だった。ある日、護身用に国から支給された銃が家の中で消えてしまう。当初はイマンの不始末による紛失だと思われたが、次第に、妻のナジメ、長女のレズワン、二女のサナに疑惑が生じ始めるように。捜索が進むにつれて家族でさえ知らなかったそれぞれの顔が浮かびあがり、事態は思わぬ方向へと狂い始める。

「週刊実話」2月27日号

やくみつる

漫画家。新聞・雑誌に数多くの連載を持つ他、TV等のコメンテーターとしてもマルチに活躍。