「専門知識がなければ守れない」子供たちの命を守るため短大保育課へ入学した元敏腕事件記者の奮闘記

『事件記者、保育士になる』緒方健二
◆『事件記者、保育士になる』CCCメディアハウス/1600円(本体価格)

――朝日新聞記者時代は主にどのような仕事を?

緒方「新聞記者稼業は毎日新聞で6年、朝日新聞で33年です。朝日では大半を東京本社社会部で過ごしました。地下鉄サリンなど一連のオウム真理教事件や世田谷一家4人殺害、歌舞伎町44人焼死火災などの事件や、警察、反社会的勢力の取材に没頭しました。その後も国内外の事件・犯罪取材に携わり、特殊詐欺や贈収賄、山口組の分裂に伴う抗争、海外の組織犯罪を追いかけていました」

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――なぜ、保育士に?

緒方「取材した無数の事件の中には子供が被害者となる事件もたくさんありました。誘拐殺人や児童虐待、性犯罪などです。本来なら無条件に愛され、慈しまれ、健やかに育てられるはずの子供が、いとも簡単に命を奪われ人権を侵害される社会の実態を知りました。子供についての専門知識や取り巻く環境、制度をもっと深く、体系的に学ばなければ子供を守れない。そう考えて、保育学科のある短大に入りました」

同級生は18歳の女性ばかり

――周囲は若い女性が多かったそうで、短大時代に心掛けたことはありますか?

緒方「同級生は約90人で、男子は私を含めて4人でした。18歳の女性が大半の花園に迷い込んだ怪しいおっさんは行動規範『野獣諸法度』を定め、『超絶丁寧紳士対応』を心掛けました。姓に『さん』をつけて呼ぶ、お遊戯演習などで身体接触を余儀なくされる場合は事前に許可を得る、すべての危難から彼女たちを守るなどです。野獣はどう受け止められたのか。本書に彼女たちからのメッセージを収録しました。ぜひ、お読みいただければ幸甚です」

――短大で一番苦労したことは何でしょうか?

緒方「そりゃもうピアノです。『おべんとう』や『ちょうちょう』など2年間で64曲を弾けて歌えるようにならなくては卒業できません。右手と左手で異なる音を同時に弾くなんて、できるわけがねえ。でも心優しい同級生や家人が丁寧に根気強く教えてくださり、最後はブルグミュラーの『アラベスク』を弾けるようになりました。奇跡です」

――無事に卒業したときのお気持ちを教えてください。

緒方「保育士資格と幼稚園教諭免許、『こども音楽療育士』資格を取得して卒業することができました。同級生の皆さんのおかげです。学んだ保育や幼児教育の専門知識と技能を『子供の最善の利益』実現のためにどう活用するか。ここからが勝負、模索してまいります」

聞き手/程原ケン

「週刊実話」1月2日号より

緒方健二(おがた・けんじ)

1958年大分県生まれ。同志社大文学部卒業、82年毎日新聞社入社。88年朝日新聞社入社。捜査1課担当時代に地下鉄サリン事件など一連のオウム真理教事件、警察庁長官銃撃事件を取材。前橋総局長、組織暴力専門記者として活躍した。