『お坊さまと鉄砲』は幸せの国ブータンを舞台に反戦、そして人生で最も大切なものを教えてくれる映画【やくみつるのシネマ小言主義第268回】

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ブータンそのものが奇跡のような国ですからね。中国とインドという超大国に挟まれながらどちらの影響からも逃れ、仏教の精神性を保った君主国。

本作は彼の国を代表する監督ですから、やろうと思えば最新技術を使うことも可能だったはず。あえてブータンらしい純朴さを表現するために、ベーシックな機材を使った撮影手法を選んだのでしょう。

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本作の時代は2006年。今から約20年前の街並みや、ヒマラヤを臨む大自然の雰囲気を出すことに成功していると思いました。

国王が退位し、初の総選挙を前に戸惑う村民たちというストーリー自体はベタながら、奇しくも今年はロシアでもアメリカでも大統領選があり、プーチン政権が存続、トランプ政権が誕生。民主主義について改めて考えさせられた1年と不思議に符号しています。

トランプやプーチンはこの映画を見てどういう反応をするのか、それぞれの国民はどういう感想を持つのか、つい考えてしまいました。

オチに言及するわけにはいきませんが、我々日本人としては、見終わった後、幸福の国ブータンから「人生で最も大切なのは何か」を受け取り、純粋に反戦の思いが湧き上がってきます。

さて、自分も約20年前、紅葉の時期にブータンを訪れたことがあります。

どの民家のひさしの上にも真っ赤な唐辛子の束が干してありました。

老若男女が等しくまとっている民族衣装も赤茶っぽい暖色系で、山々の紅葉と唐辛子と相まって、すべてが美しく見えた思い出があります。

入国後すぐ、民族衣装「ゴ」を自分用に買い、滞在中は着ていました。

日本旅館で着る丹前に似ているので、自分ではきちんと着こなしたつもりでしたが、毎朝着付けを直されていましたね。

「国民総幸福量指数」を大切にする国への根強い憧れ

それ以来、「ゴ」を着る機会がなかったのですが、東日本大震災のあった2011年に新ブータン国王夫妻が来日された際、自分もワイドショー出演時に敬意を表して着用しました。

どの国の国家元首が来日されたときよりも、ブータン国王夫妻が話題になったのは、「国民総幸福量指数」を大切にする国に皆密かに憧れているからでしょう。日本は親「ブータン」国ですね。

あれから20年たち、押し寄せる近代化の波に晒され、インターネットやスマホが普及した現代のブータンはどう変貌しているんでしょう。

世界情勢が不確実な中、奇跡のように存在する「幸福の国」。ツアーがありますので、ラストシーンのような蕎麦の花が一面に咲き乱れる春に訪れてみてはいかがでしょう。

お坊さまと鉄砲
監督・脚本:パオ・チョニン・ドルジ
出演:タンディン・ワンチュック、ケルサン・チョジェ、タンディン・ソナム
配給:ザジフィルムズ、マクザム 12月13日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、シネ・リーブル池袋ほか全国順次ロードショー

2006年。長年にわたり国民に愛されてきた国王が退位し、民主化へと転換を図ることになったブータンで、選挙の実施を目指す模擬選挙が行われる。周囲を山に囲まれたウラの村で、その報を聞いた高僧は、若い僧に次の満月までに銃を用意するよう指示する。時を同じくして、アメリカからアンティーク銃のコレクターが“幻の銃”を探しにやって来て、村全体を巻き込んだ騒動へと発展していく。

「週刊実話」12月26日号

やくみつる

漫画家。新聞・雑誌に数多くの連載を持つ他、TV等のコメンテーターとしてもマルチに活躍。