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『絆-棋士たち 師弟の物語』著者:野澤亘伸~話題の1冊☆著者インタビュー

話題の1冊☆著者インタビュー~『絆-棋士たち 師弟の物語』著者:野澤亘伸
『絆-棋士たち 師弟の物語』著者:野澤亘伸

『絆-棋士たち  師弟の物語』日本将棋連盟/1991円

野澤亘伸(のざわ・ひろのぶ)
1968年生まれ、栃木県出身。上智大学法学部法律学科卒業。93年より写真週刊誌『FLASH』の専属カメラマンになり、主に事件報道、芸能スクープ、スポーツなどを担当。2019年に『少年時代に交わした二つの約束』でペンクラブ大賞文芸部門の大賞を受賞した。

――8組の師弟の物語がつづられています。特に印象に残った棋士(師弟)はいますか?

野澤 棋士は個性が強く、その組み合わせである師弟は、それぞれが唯一無二の存在です。どの師弟も忘れがたい印象ですが、強いて挙げるのであれば「中田功八段・佐藤天彦九段」でしょうか。中田八段は羽生善治九段とほぼ同時期にプロデビューし、将来を嘱望されました。しかし、才覚の豊かさは、将棋以外のものにも興味を抱かせます。麻雀、競馬などに没頭し、浴びるほどの酒を呑み続ける日々。その姿は「昭和最後の棋士」とも言われました。

中田は、佐藤の両親から弟子入りを頼まれたときに「自分には資格がない」と悩みましたが、兄弟子の有吉道夫九段の言葉に背中を押されて、9歳の佐藤を初めて門下に迎えます。そして放任主義ながらも、陰からその成長を見守り続けました。中田が自宅の部屋で、佐藤が羽生名人(当時)からタイトルを獲得する瞬間を見続ける様子には、涙を禁じ得ません。

AI技術で大きく変わる師弟制度

――藤井聡太二冠に注目が集まっていますが、実際に取材してみてどんな印象を受けましたか?

野澤 自身の発言について、とても責任感を持っている印象です。一つ一つの質問に対して、考えて簡潔な言葉で返してくれます。その考慮するときの印象が、天才独特の雰囲気だなと感じました。黙ったまま身動きしない様子は、周りの時間が止まったようでした。自分のペースを決して人に乱されない強さを見た気がしました。

――将棋界の師弟制度にも変化があるようですね。

野澤 将棋界では古くから、師が弟子に教えるということはあまりしませんでした。でも精神的な面で、師が弟子を支えてきた部分は大きかったと思います。弟子たちは、師や先輩棋士の指した将棋を並べて勉強し、ライバルたちと研さんを重ね、自分自身で強くなっていきました。しかし、AIが研究に導入されてからは、将棋の勉強方法が変わりました。人と指すことで互いに磨き合ってきた技術は、今やコンピューター相手になっています。

一部の若手の中には、公式戦以外は人と指すことを一切せず、普段は自宅で将棋ソフトを相手に研究を続けている棋士もいます。そこでは先輩棋士たちの将棋を勉強することは、ほぼありません。コンピューターの示す最新の定跡を効率よく吸収し、最短で強くなることを目指します。今後も師弟制度は残ると思いますが、人から人へ受け継ぐという伝統は、薄れていくかもしれませんね。

(聞き手/程原ケン)