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十代目酒梅組「継承盃」――吉村光男総裁が引退を決意!

十代目酒梅組「継承盃」――吉村光男総裁が引退を決意! 
十代目酒梅組「継承盃」(C)週刊実話Web

大安吉日の4月26日、大阪に本拠を置く十代目酒梅組の継承式が執り行われた。コロナ禍という特殊な社会情勢の中、祝宴や会食は自粛。当日は、大阪府警をはじめ兵庫県警の捜査員らも視察に訪れ、ヤクザ業界はもちろん、警察当局も酒梅組の動きに注目したのだ。

十代目を襲名した木下政秀組長は昭和41年生まれの54歳で、五代目酒梅組・谷口正雄組長の系譜となる。

「厳しい修業を積んだ苦労人で、前体制の九代目酒梅組が途中、総裁制度を取り入れたため、名目上はすでに組長の役職にあった。いわば後継者指名を受けており、順当な代替わりだ」(業界ジャーナリスト)

平成27年、山口組が分裂し、四代目山健組・井上邦雄組長(当時)らが離脱。神戸山口組を立ち上げると、井上組長と兄弟分の吉村光男組長率いる酒梅組は、六代目山口組・髙山清司若頭による後見を辞退し、親戚縁組みを解消した。以降、吉村総裁は神戸山口組と密接な関係を保ち続けた。

ところが今年1月、吉村総裁は知人男性に融資した現金の返済を巡るトラブルによって、懲役3年の実刑判決を受け服役したのだ。

「深く心に期するところがあって引退を決め、酒梅の金看板を木下組長に託したのだろう。今回、取持人や後見人を立てずに継承したのは、独立独歩を堅持するためとみられる。異例のことだが、現代では前例に縛られない改革も必要だ」(同)

名門の灯は何があっても消せない

午前10時、獄中の吉村総裁の名代として古参幹部が列席し、児玉雄司媒酌人によって襲名式が開始された。木下組長が盃を飲み干し、十代目体制が正式に旗揚げすると、媒酌人により「承認之證」が読み上げられ、続けて「譲渡書」が披露された。組旗が解き放たれ、会場に拍手が響いたのだ。

続いて親子盃が執り行われ、金石盛栄若頭を筆頭に早川公裕本部長、中田一成事務局長、秋元天志若頭補佐、池田貴紀若頭補佐ら執行部、幹部、組員らが盃を下ろされた。十代にわたって続く酒梅組の親子盃により、晴れて木下十代目組長の若い衆となったのだ。

「〝ヤクザ氷河期〟は今後も続く。その中で金看板を譲り受けるのは、かなりの重圧だろう。自身が興した組織ならいつ潰してもいいが、名門の灯は何があっても消せないからね」(同)

明治生まれの鳶梅吉初代は、大正から昭和初期にかけて、酒梅組を直系114名、配下2000人の一大組織に成長させた。以降、酒梅組は時代に翻弄されながら、幾度も危機的状況を迎え、乗り越えてきたといえる。

令和に受け継がれた伝統の代紋を、いかに死守りしていくか。すべては、木下十代目に託された――。

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