84歳の夫婦を娘が撮影 ノルウェーが舞台の『SONG OF EARTH』は「こんな老い方ができれば」と心に沁みる映画【やくみつるのシネマ小言主義 第263回】

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年代によって感じ方は違うかもしれませんが、自分には「こんな老い方ができれば」と心に沁みる映画でした。

本作の主人公は、ノルウェーの山岳地帯「オルデダーレン」に暮らす老夫婦。その娘であるドキュメンタリー作家が、四季を通じたフィヨルドの美しさと、何世代も自然と寄り添いながら生きてきた暮らしを映し取っています。

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あえてドローン映像が多用されていて、渓谷や森、湖、滝、氷河といった太古から続く自然の中を1人歩く、ちっぽけな人間の姿を追いかける。

そして時折挟まれる、父親のしわくちゃな皮膚のアップ。これも一つの自然、年を重ねていく重みを感じます。

ナレーションの父親のひとり語りは、まるで良質な詩集を詠んでいるよう。劇的な事件が起きることもなく、ドキュメンタリー映画というより映像詞。振り切っていますね。

最も印象的だったのは、父親が「今日は天候にも恵まれ、いいハイキングができた。こんな日は人生そのものの価値が一段と高まる」と語るシーン。

手前味噌な言い方ですけれど、こんな大自然に暮らす夫婦でなくとも、我々夫婦も「プチ喜び」を発見し「今日もいいことがあった」と口に出して言い合うことで充実した気分になる。自分らはもはや、そんな日々です。

小さな発見こそ人生を豊かにする鍵

コロナ以降、出掛けるのはもっぱら関東近辺。先日行った清瀬市のひまわりフェスティバルは、池袋から30分、こんなに都心に近いところに10万本のひまわりが群生していて見事でした。

驚いたので翌日は、神奈川県座間市のひまわり畑へ。55万本です。なんだこれは? と、さらに翌日は栃木県益子町のひまわり畑、100万本! 3日連続、ひまわり三昧です。

ひまわり畑がこれほどあちこちにあるとは知らず、調べましたら「関東近郊ひまわり名所14選」というサイトが出てきました。

ところが、自分らが行った3箇所は含まれてもおらず、さらに驚き。身近な土地ですら知らないことばかり。小さな発見こそ人生を豊かにする鍵なのだと、本作で確信できました。

今までに2回、冬のノルウェーに行ったことがあります。メキシコ湾から流れてくる暖流が大西洋を越えてくるので、緯度が高い割に寒さは厳しくない。体感としては日本の東北地方に近い印象。

フィヨルドの内海だから海は穏やかで、クルーズ船が行き交っている。オーロラも見られましたし、トナカイのステーキもいただきました。ノルウェーにはいい思い出しかないですねぇ。

SONG OF EARTH
監督:マルグレート・オリン 
製作総指揮:リヴ・ウルマン、ヴィム・ヴェンダース 
出演:ヨルゲン・ミクローエン、マグンヒルド・ミクローエン 
配給:トランスフォーマー 
9月20日(金)TOHOシネマズ シャンテ、シネマート新宿ほか全国公開 

美しい大自然に囲まれたノルウェー西部の山岳地帯オルデダーレン。そこに84歳のヨルゲン・ミクローエンと妻マグンヒルドに、ドキュメンタリー作家となった娘がカメラを向ける。父親は、この国で最も美しいと呼ばれる渓谷を案内しながら、自らの生い立ちや妻への愛、何世代にもわたってこの土地で自然とともに暮らしてきた人々の人生について静かに語る。 

やくみつる

漫画家。新聞・雑誌に数多くの連載を持つ他、TV等のコメンテーターとしてもマルチに活躍。